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第8話:四つ巴の対立

蘭花は、まず奉行所のグループに近づいてみることにした。

「佐々木様、おはようございます」

与力の佐々木が振り返った。蘭花のことはよく知っている。これまでにも何度か、民事の調停で世話になったことがあった。

「おお、蘭花殿。早いお出ましですな」

「この件、大変な騒ぎになっているようですが」

佐々木の顔には、明らかな困惑の色が浮かんでいた。

「その通りです。しかし、商人どもと漁師どもが、それぞれ勝手なことを言いおって、話がまとまりません」

「どのような問題が?」

「まず、この船は外国船です。正式な手続きを踏まなければ、勝手に積荷に手を出すわけにはいきません」

佐々木の説明によると、外国船の座礁は国際的な問題になりかねない。オランダ商館への報告、幕府への上申、正式な調査手続き。やるべきことは山積みだった。

「にもかかわらず、商人どもは『早く積荷を確保しろ』と言い、漁師どもは『高い報酬を払え』と要求する」

「なるほど」

「法を無視して勝手なことをすれば、後で大きな問題になりかねません」

佐々木の言い分は、確かに正論だった。しかし、蘭花には、他の立場の人たちの気持ちも理解できた。

次に、商人のグループに近づいた。

「失礼いたします。お忙しい朝ですね」

恰幅の良い商人が振り返る。

「あなたは?」

「蘭月庵の蘭花と申します。茶屋を営んでおります」

「ああ、蘭月庵の。噂は聞いております。湊屋の惣兵衛と申します」

湊屋惣兵衛。長崎でも指折りの豪商として知られている。

「この騒動、どのようにお考えですか?」

「とんでもない損失です!」

惣兵衛は、声を荒げた。

「あの船に積まれていた荷物、海水に浸かるたびに価値が下がっている。一刻も早く引き上げて、損失を最小限に抑えなければなりません」

「確かに、それは大変ですね」

「奉行所は手続きばかり重視して、実際の損失を考えていない。手続きをしている間に、貴重な商品がすべて台無しになってしまいます」

惣兵衛の指摘にも一理あった。商売をしている以上、時間の経過とともに損失が拡大するのは避けたい。

「それに」惣兵衛は声を潜めた。「あの積荷、かなり価値の高いものが含まれているようです。放置していては、盗人に持ち去られる心配もあります」

最後に、漁師のグループに向かった。

白髪の老人が、蘭花を見つめた。

「おや、若いお嬢さんが、こんな早い時間に何の用で?」

「蘭月庵の蘭花と申します。この度の件、大変でしたね」

「和助と申します。この辺りの網元をしております」

和助の表情には、疲れと苛立ちが混じっていた。

「どのような御苦労が?」

「あの船の引き上げ作業、命がけの仕事なんです。岩場に乗り上げているから、普通の方法じゃ近づけない。波も荒いし、いつ船が崩れ落ちるかも分からない」

「それは危険ですね」

「その通りです!なのに、奉行所も商人どもも、『早くやれ』『安くやれ』と言うばかり。こちらの身の安全など、まるで考えてくれません」

和助の怒りは、もっともなものだった。

「それに」和助は続けた。「引き上げた積荷の値段も、商人どもが勝手に決めようとする。俺たちが命がけで引き上げたものを、安く買い叩こうとするんです」

蘭花は、三つのグループの話を聞いて、状況を整理した。

奉行所の主張:正式な手続きが最優先


国際問題に発展する可能性

法的な責任問題

上からの叱責への不安


商人の主張:経済的損失の最小化


時間の経過による商品価値の低下

盗難への懸念

迅速な処理の必要性


漁師の主張:作業の危険性と正当な報酬


命がけの引き上げ作業

適正な作業代金の支払い

積荷の価値に見合った取り分


(それぞれ、言い分はある。でも、このままでは平行線ね)

そのとき、港の向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

座礁船の方角から、人の声のようなものが響いている。

「おーい!」

一同が座礁船の方を見ると、船の甲板に人影が見えた。

「生存者がいるのか!」佐々木が驚いた。

「すぐに助けなければ!」惣兵衛が叫んだ。

「よし、俺たちの出番だ!」和助が立ち上がった。

しかし、ここで新たな問題が発生した。

船から聞こえてくる声は、明らかに日本語ではなかった。

外国語らしいのだが、何を言っているのか分からない。

「何語だ?」和助が首をかしげた。

「オランダ語でしょうか?」惣兵衛が推測した。

「通詞を呼べ!」佐々木が部下に指示した。

「通詞は江戸に行っております」同心が答えた。

一同が困り果てた。

言葉が通じなければ、効果的な救助もできない。

船員の声は、だんだん切迫したものになっていく。

明らかに、緊急事態を訴えているようだった。

そのとき、蘭花が静かに歩み出た。

「少し、聞かせてください」

三つのグループが蘭花を見つめる中、彼女は船員の声に耳を澄ませた。


【次回予告】

言葉の壁が立ちはだかる!

船員は一体何を訴えているのか?

そして、蘭花の隠された能力が明らかに!

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