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第7話:朝もやの港

朝もやが立ち込める長崎港は、いつもの静けさとは正反対の喧騒に包まれていた。

蘭花が港に到着したのは、卯の刻(午前5時過ぎ)。まだ薄暗い空に、淡い朝日が滲み始めている。

遠くに見える座礁船の巨大な影が、朝もやの中に黒々と浮かび上がっていた。

(あれが、昨夜お吉から聞いた船……)

船は思っていたより大きく、そして痛々しかった。マストは折れ、船体は岩場に乗り上げて、見るからに航行不能な状態になっている。

波間には、積荷らしき木箱や樽が漂っている。

しかし、そんな船の周りには、既に多くの人影が蠢いていた。

「これは……」

蘭花は思わず息を呑んだ。

港全体が、まるで市の立つ日のような状況になっていたのだ。

松明を持った人々が海岸を行き来し、大きな声で指示を出し合っている。座礁船から流れ出た積荷を引き上げようとする者、それを取り囲んで何かを主張する者。

そして、その周りを取り囲むように、明らかに身分の異なる三つのグループが陣取っていた。

一つ目のグループは、奉行所の役人たち。きちんと揃った羽織を着て、規則正しく整列している。彼らの中心にいるのは、蘭花も知っている与力の佐々木だった。

二つ目のグループは、商人たち。着物は上質だが、どこか慌ただしく、そろばんや帳面を手にしている者もいる。彼らの中心にいるのは、恰幅の良い中年男性。長崎でも有名な商家の主人らしい。

三つ目のグループは、漁師や海の仕事に携わる人たち。作業着姿で、たくましい体つきをしている。彼らの中心にいるのは、白髪の老人。網元と呼ばれる、海の男たちのまとめ役のようだった。

そして、それぞれのグループが、互いに牽制し合っている。

「まずは法に従って手続きを進めるべきだ!」という奉行所の声。

「積荷の価値が下がる前に、早急に処理すべきだ!」という商人たちの声。

「危険な引き上げ作業をするのは我々だ。相応の報酬が必要だ!」という海の男たちの声。

三つの主張が、朝の港に響いていた。

蘭花は少し離れた場所から、この状況を静かに観察した。

(なるほど、これは確かに複雑な問題ね)

それぞれの言い分は、どれも一理ある。法的な処理も必要だし、経済的な損失も無視できない。そして、実際の危険な作業をする人たちの安全と対価も大切だ。

しかし、三つのグループは、まるで犬猿の仲のように対立している。

(このままでは、何も進まない)

蘭花は、もう少し近づいて、それぞれの詳しい主張を聞いてみることにした。

朝日が徐々に高くなり、朝もやが晴れていく。

座礁船の全貌が、次第にはっきりと見えてきた。

外国の船らしく、見慣れない装飾が施されている。しかし、損傷は予想以上に激しく、このまま放置すれば完全に朽ち果ててしまいそうだった。

波間に漂う積荷も、刻一刻とその数を減らしている。

時間は、確実に過ぎていた。

三つの勢力の対立が続く中、朝の光は容赦なく事態の緊急性を照らし出していた。


【次回予告】

ついに三つの勢力の主張が明らかに!

それぞれの言い分とは?

そして、対立は激化の一途を辿る!

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