第12話:新たな謎の浮上
蘭月庵の座敷に緊張が走った。
ピエトロが差し出したのは、油紙に包まれた書類の束だった。海水に濡れているが、文字はかろうじて読める状態だ。
「これが船長から預かった書類です」蘭花が通訳した。
ホルストが慎重に書類を受け取り、内容を確認し始めた。オランダ語で書かれた正式な配送証明書だった。
「どのような内容ですか?」佐々木が尋ねた。
ホルストの表情が次第に困惑に変わっていく。
「これは…奇妙です」
「何がですか?」惣兵衛が身を乗り出した。
「配送先が…『長崎・蘭月庵』となっています」
座敷に静寂が流れた。全員の視線が蘭花に集まった。
蘭花自身が最も驚いていた。
「蘭月庵?私の店に?」
ホルストは書類をさらに詳しく調べた。
「確かに『長崎・蘭月庵・薬草商』と記載されています。受取人は…」
彼の声が震えた。
「ヨハネス・ファン・デル・ベルク殿」
蘭花の顔が青ざめた。それは父の名前だった。
「お父様の名前ですか?」佐々木が静かに尋ねた。
蘭花はうなずいた。父は13年前に故郷オランダに帰ったはずだった。
「しかし、おかしいですね」ホルストが首をかしげた。「この配送指示書の日付は、つい3ヶ月前です」
配送書の詳細内容:
配送先:日本国長崎・蘭月庵
受取人:ヨハネス・ファン・デル・ベルク
送付者:アムステルダム医学研究所
内容:医学研究資料および実験用薬品
配送日:3ヶ月前
緊急度:至急
蘭花の手が震えていた。
「3ヶ月前…父は13年前に帰国したはずなのに」
惣兵衛が商人らしい推理を始めた。
「もしかすると、お父様は帰国後、何らかの研究を続けていて、その資料を長崎に送ろうとしていたのかもしれません」
「では、なぜ蘭花さんに事前の連絡がなかったのでしょう?」和助が疑問を呈した。
蘭花は父の懐中時計を取り出した。裏蓋に刻まれた暗号が、この謎と関係があるかもしれない。
「実は…」蘭花は迷ったが、決心して話し始めた。「父の形見に暗号が刻まれています。もしかすると、これと関係があるかもしれません」
四人は興味深そうに身を乗り出した。
蘭花が懐中時計を見せると、裏蓋に確かに複雑な文字と数字の組み合わせが刻まれていた。
「これは何語で書かれているのですか?」佐々木が尋ねた。
「オランダ語とラテン語、そして数字の組み合わせのようです」蘭花が答えた。
ホルストが暗号を見て、考え込んだ。
「これは医学用語のようですね。薬草の名前や調合比率を表しているのかもしれません」
惣兵衛が実用的な提案をした。
「まずは、座礁船の積荷を回収してから、詳しく調べてはいかがでしょう?」
佐々木も同意した。
「そうですね。積荷の中に、暗号を解く手がかりがあるかもしれません」
積荷回収の具体的計画:
第一段階:安全確保
船体の安全性確認
作業員の安全装備準備
天候の確認
第二段階:重要物品の優先回収
医学書類の回収
貴重薬品の確保
実験器具の保護
第三段階:全積荷の回収
残りの物品の回収
船体の処理
現場の清掃
「作業はいつから始めますか?」和助が具体的な日程を尋ねた。
「天候が安定している明日から開始しましょう」佐々木が提案した。
ホルストが付け加えた。
「ただし、積荷の中身を確認するまで、詳細な価値判定は難しいでしょう」
蘭花は、父の謎について深く考えていた。
なぜ13年ぶりに、父からの荷物が届くのか?
そして、なぜ事前の連絡がなかったのか?
「蘭花さん」惣兵衛が声をかけた。「お父様について、何か他に心当たりはありませんか?」
蘭花は首を横に振った。
「父は帰国の際、『もう日本には戻らない』と言っていました。それなのに、なぜこんな荷物を…」
そのとき、ピエトロが何かを思い出したように話し始めた。
蘭花が通訳すると、それはさらに謎を深める情報だった。
「ピエトロさんは、船長が航海中に何度も『長崎に着いたら、必ず蘭月庵を探せ』と言っていたそうです」
「船長が?」ホルストが驚いた。
「はい。そして、『もし何かあったら、蘭花という女性に必ず会え』とも言っていたそうです」
四人は再び蘭花を見た。
蘭花自身が最も困惑していた。
「私の名前を知っていた?でも、なぜ?」
佐々木が冷静に整理した。
「つまり、この船は最初から蘭花さんを目的地として航海していたということですね」
「ただの偶然ではなく、意図的に長崎を目指していた」惣兵衛が付け加えた。
「では、座礁も偶然ではないかもしれません」和助が不安そうに言った。
ホルストの表情が厳しくなった。
「確かに、ピエトロの証言では、他の船の影を見たと言っていました」
蘭花は、事件の全体像が見えなくなってきた。
単純な海難事故だと思っていたが、実は何者かが意図的に起こした事件かもしれない。
「皆様」蘭花が立ち上がった。「まずは積荷を安全に回収し、詳しい内容を確認してから、改めて検討しませんか?」
四人は同意した。
翌日の作業予定:
朝6時:作業開始
午前中:重要書類と薬品の回収
午後:残りの積荷の回収
夕方:蘭月庵での内容確認
「それでは、明日お会いしましょう」佐々木が立ち上がった。
他の三人も席を立った。
ピエトロは蘭花に深くお辞儀をした。通訳してくれた感謝の気持ちを表しているのだ。
全員が帰った後、蘭花は一人で座敷に残った。
父の懐中時計を見つめながら、様々な疑問が頭を巡った。
蘭花の疑問:
なぜ父は13年ぶりに荷物を送ったのか?
なぜ事前に連絡がなかったのか?
船長はなぜ私の名前を知っていたのか?
座礁は本当に事故だったのか?
暗号は何を意味しているのか?
夜が更け、蘭月庵は静寂に包まれた。
しかし、蘭花の心の中では、新たな冒険への予感が高まっていた。
明日、積荷の中身を見れば、きっと何かが分かるはずだ。
父が残した謎の手がかりが、そこにあるかもしれない。
【次回予告】
ついに積荷回収開始!
船倉から現れた驚きの品々とは?
そして暗号解読の新たな手がかりが!




