第11話:船員の衝撃的証言
午後の刻、蘭月庵の二階座敷には四つの勢力が集まった。
畳の上に座布団を並べ、中央には蘭花が用意した茶と菓子が置かれている。
与力の佐々木、商人の湊屋惣兵衛、網元の和助、そしてオランダ商館のホルスト。
蘭花は上座ではなく、四人が見渡せる位置に座った。通訳兼仲裁役としての立場を示すためだった。
「それでは、始めさせていただきます」蘭花が口火を切った。
「まず、船員のピエトロさんから、詳しい状況を聞かせていただきましょう」
ピエトロは緊張した面持ちで座敷に入ってきた。船長の容態が安定したため、詳しい話ができるようになったのだ。
蘭花の通訳により、ピエトロの証言が始まった。
マリア・ルイーザ号の詳細:
船員12名(うち3名が軽傷、1名重傷)
積荷:医学書約200冊、薬品類50箱、実験器具一式
航海期間:ジャカルタから3ヶ月
予定:アムステルダムの研究機関へ納品
「研究機関?」ホルストが身を乗り出した。「どちらの機関ですか?」
蘭花はピエトロに尋ねたが、彼は詳細を知らなかった。船員は荷物の内容や最終目的地について、詳しくは教えられていないのが普通だった。
惣兵衛が商売人らしい質問をした。
「積荷の価値は、どの程度ですか?」
ピエトロの説明によると、特に薬品類が高価だという。東南アジアの珍しい薬草から作られた薬で、ヨーロッパでは非常に珍重される。
医学書も、最新の研究成果をまとめたもので、同様に価値が高い。
「全体で、どの程度の価値になりますか?」和助が実用的な質問をした。
蘭花がピエトロに確認すると、彼は困った表情を見せた。
具体的な金額は分からないが、普通の商船の積荷の数倍の価値があることは確かだという。
「それは大変な額ですな」佐々木が驚いた。
「だからこそ、慎重に扱わなければなりません」ホルストが強調した。
蘭花は、座礁の原因についてピエトロに詳しく尋ねた。
ピエトロの証言は、午前中に聞いたものより詳細だった。
座礁の詳しい経緯:
三日前の夜、マリア・ルイーザ号は長崎港を目指して航行していた。
天候は悪化していたが、まだ航行に大きな支障はなかった。
午前2時頃、突然、舵が重くなった。
最初は、強い風のせいだと思った。
しかし、だんだん舵が動かなくなり、ついには全く反応しなくなった。
船員たちが舵を調べに行ったが、暗闇と荒波で詳しい原因は分からなかった。
結果として、船は長崎の岩場に向かって流され、座礁してしまった。
「舵の故障ですか」佐々木が確認した。
「はい。ただし……」蘭花は少し躊躇った。「ピエトロさんは、何か不自然だったと言っています」
「不自然?」ホルストが尋ねた。
蘭花は慎重にピエトロの言葉を聞いた。
ピエトロによると、舵の故障は段階的ではなく、突然起こった。まるで何かが舵に絡まったかのように、急に動かなくなったという。
また、座礁の直前に、他の船の影を見たような気がするとも言っていた。
「他の船?」和助が興味を示した。
「はい。でも、嵐と暗闇でよく見えなかったそうです。見間違いかもしれないとも言っています」
四人は顔を見合わせた。
佐々木が慎重に尋ねた。
「その船は、救助に来たのでしょうか?」
蘭花がピエトロに確認すると、彼は首を振った。
その船は、マリア・ルイーザ号に近づいてきたが、救助をするでもなく、遠ざかっていったという。
「不思議な話ですな」惣兵衛がつぶやいた。
「しかし、嵐の夜のことです。見間違いもあるでしょう」ホルストが冷静に言った。
蘭花は、ピエトロに積荷の現在の状況を尋ねた。
ピエトロの説明によると、積荷の大部分はまだ船に残っている。
いくつかの箱は海に流されたが、重要なものは船倉の奥にあるため、無事だという。
ただし、船体に亀裂が入っているため、時間が経つにつれて海水が侵入し、損傷が拡大する恐れがある。
「やはり、早急な回収が必要ですね」惣兵衛が言った。
「しかし、安全性も重要です」佐々木が釘を刺した。
和助が現実的な問題を提起した。
「回収作業の手順と報酬について話し合いましょう」
ここから、四者の具体的な交渉が始まった。
奉行所の要求:
正式な許可書の発行
作業の安全管理
回収物の一時保管と検査
オランダ商館の要求:
積荷の所有権確認
損傷を最小限に抑えた回収
オランダ本国への報告
商人の要求:
迅速な作業進行
市場価値の維持
適正価格での取引機会
漁師の要求:
作業の危険手当
正当な労働対価
安全装備の提供
蘭花は、それぞれの要求を整理しながら、共通点を見つけようとした。
全員が同意できるのは、以下の点だった。
人命の安全が最優先
積荷の価値を保つことが重要
法的な問題を避ける必要がある
迅速な作業が求められる
「それでは、これらの点を満たす解決策を考えましょう」蘭花が提案した。
しかし、具体的な手順や条件について、四者の意見はなかなか一致しなかった。
特に、回収した積荷の処分方法と、作業費用の負担について、激しい議論が続いた。
そのとき、ピエトロが何かを思い出したように話し始めた。
蘭花が通訳すると、それは重要な情報だった。
「皆様」蘭花の声が緊張した。「ピエトロさんは、船長から預かった重要な書類があると言っています」
「書類?」ホルストが身を乗り出した。
「積荷の詳細な目録と、配送先の情報が書かれているそうです」
四人の表情が変わった。
その書類があれば、積荷の正確な価値と、本来の受取人が分かる。
それは、この問題の解決にとって、決定的に重要な情報だった。
【次回予告】
重要書類に記された驚きの事実!
積荷の真の価値と目的地が明らかに!
そして、新たな謎の浮上とは?




