第8話「盗まれた瞬間」
カシャ、と確かに聞こえた。
風の音とも違う、小さく乾いた音。
咲良が反射的に振り返ったとき、そこにはもう誰の姿もなかった。
「……今の、聞こえた?」
咲良がそう問いかけると、結依はにっこりと笑って――
「ううん、なにも」
と、まるで何もなかったかのように答えた。
でもその指は、ポケットの中で小さく震えていた。
(……見られた? 誰に? なにを?)
それを問いただそうとした瞬間、結依が一歩、咲良のほうへ近づいた。
「ねえ……撮られたのが、わたしたちだとしても――関係ないよね?」
その言葉は、まるで“何をされてもいい”という覚悟に聞こえた。
咲良は息を呑んだ。
そのとき、初めて気づいた。
(結依は……壊れている)
けれど、もっと怖いのは。
(わたしも――もう戻れない)
ふたりは、旧館の裏手にある物置のような部屋に入っていった。
そこは、扉に鍵がかかる数少ない“ふたりだけの場所”。
中にはマットレスと毛布、わずかな明かりと古びた香水の匂い。
「お姉ちゃん。今日は、私のことだけ見て」
結依は制服の前を外し、自分の胸に咲良の手を添えさせた。
その熱が、直接、咲良の理性を蝕んでいく。
(どうして……逃げなかったんだろう)
目の前の妹は、あまりに幼く、あまりに美しく、あまりに狂っていた。
「愛してるよ、お姉ちゃん」
その一言は、甘く、深く、救いのようでいて――奈落だった。
ふたりの身体が重なるその瞬間、誰かのスマートフォンの画面に、
今の“光景”が、無音のまま、鮮明に映し出されていた。