第7話「偽りの姉妹」
放課後。昇降口の前で、咲良は結依の姿を探していた。
(今日はまだ…現れてない)
校舎の外に出ると、夕日が校庭を赤く染めている。
誰もいないグラウンドの向こうから、風に乗ってピアノの音が聴こえてきた。
それは、昔ふたりで弾いた曲だった。
まだ仲が良かった、小学生の頃の記憶。
あの頃の結依は、ただの妹で、わたしに笑いかけてくれていた。
でも今――
「お姉ちゃん」
背後から声がして、身体がびくりと跳ねた。
振り向くと、いつの間にかそこに結依がいた。
制服の前を少し開き、細い首筋にリボンを巻いていた。
どこか装飾的で、誰かに見せるものではなく、まるで誰かを“縛る”ためのもののように。
「加奈さんと、何を話してたの?」
「別に……少しだけ」
「ふうん。あの子、気づいてるみたいだよ? お姉ちゃんの“傷”」
咲良は息をのんだ。
「どうして……」
「わかるよ。あの子、ずっとお姉ちゃんを見てる。あの子の目、気持ち悪いくらいまっすぐ」
結依は笑った。
「でもね、あの子は知らない。“お姉ちゃんの全部”を知ってるのは、わたしだけ」
そう言って、結依は咲良の手を取り、スカートの裾をめくった。
そこには、昨日描かれた傷跡がうっすらと残っていた。
結依は指でなぞりながら、うっとりとした声で囁く。
「偽りの“姉妹ごっこ”なんて、もういらない。ねぇ……私たち、ほんとうは何なんだろうね?」
その言葉は、まるで咲良の中の常識を少しずつ削り取っていく刃のようだった。
咲良は、言葉が出なかった。
でも、逃げなかった。
――逃げられなかった。
「今夜、家には帰らないで」
結依がポケットから、小さな鍵を取り出す。
「“私たちだけの部屋”に、戻ろう」
咲良は、ゆっくりと頷いた。
その一瞬、遠くでシャッター音がした。
誰かが――その場を見ていた。