第5話「無言のメッセージ」
赤い染みは、じんわりと制服の裾を濡らしていた。
「……あ、これ?」
結依は足元に視線を落とし、何気ない口調で言った。
「美術室で絵の具をこぼしちゃって。びっくりした?」
咲良も加奈も、返事ができなかった。
ただ、空気が急激に冷えたような気がした。
「ごめんね、加奈さん。ちょっとお姉ちゃん借りるね」
結依が咲良の腕を引く。
拒むことはできなかった。
静かな力に逆らえば、何かが壊れる気がしたから。
無言のまま、階段を降りる。
誰もいない旧館へ――ではなく、保健室へ向かう途中で足を止めた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「……なに?」
「昨日、やさしくしてって言ったでしょ?」
結依は立ち止まり、振り返った。
その顔には、安堵と焦りが交じっていた。
「“やさしく”してって、言ったくせに……今日、加奈に笑ってた。私のほうが、先に触れたのに」
「……昨日のことは……」
「“昨日”じゃないよ。今日も、明日も、これからも。お姉ちゃんは、ずっと“わたしの”お姉ちゃんなの」
スカートのポケットから、小さな包みが取り出された。
それは――カッターナイフだった。
「なにそれ……?」
「誓いだよ。これで、お互いの肌に名前を刻もう」
狂気とも言えるほど、優しい声だった。
「嘘をつかないように。離れないように。“お姉ちゃん”は、わたしだけのものって、証明して」
咲良の足がすくんだ。
でも、その顔にはもう「恐怖」だけじゃなかった。
「……そんなこと、しなくても……わたしは……」
言いかけた言葉が、震えていた。
だけど、心のどこかに確かにあった。
――結依がいなくなるほうが、怖い。