第3話「わたしだけの場所」
結依の胸元に、指先が触れている。
柔らかくて、温かい。
だけどそれ以上に、ぞわりとした違和感が皮膚を這っていた。
「ねえ、お姉ちゃん。……感じる?」
「そんなこと、やめて」
「やめる理由がない。だって、わたしのほうが、ずっと先にお姉ちゃんに触れてるのに」
声が甘くなる。
なのに、その甘さがどうしようもなく、毒に近い。
「外で笑ってたでしょ。あの子と。わたしの知らない顔で」
手が滑り込むようにして、スカートの中へ。
咲良は肩を震わせ、思わず体を引いた。
「……っ、やめ――」
「……やめる?」
ぴたりと手が止まる。けれど、それは拒絶に屈したからではなかった。
「じゃあ、ひとつだけ教えて」
彼女は咲良の頬にキスを落とす。
それはまるで、血の契約のように静かで、重い動作だった。
「お姉ちゃんは、“わたし”と“あの子”のどっちを選ぶの?」
「そんなの……選べない……」
「じゃあ、選ばせてあげる。こっちに来て。……ずっと、わたしだけの“お姉ちゃん”になって」
制服のボタンが、また一つ外される。
その動作は儀式めいていて、咲良の心をかき乱す。
(どうしてこんなことになってるの……)
(でも――結依の指が、あたたかい)
混乱の中、咲良の口から漏れたのは、拒絶の言葉ではなかった。
「……お願い、今日は……やさしくして」
結依の瞳が見開かれる。
「……うん」
その表情は、どこか夢見るようだった。
ずっと欲しかった言葉を、ついに手に入れたように。
そしてその夜、咲良は帰宅せず、結依とふたりで、校舎の闇の中に溶けていった。