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双つ花  作者: 淡雪
29/30

第29話「ふたりの記憶にだけ残る」

図書室の静寂は、まるで時間そのものを包み込んでいた。


結依の手の温度が、じわじわと咲良の掌に染み込んでくる。

まるで、過去の記憶がひとつひとつ溶け出しているかのように。


言葉はない。

目も合わせない。

ただ、指先の繋がりだけが――ふたりをつなぎとめていた。


(きっと、この時間を誰かに説明しろと言われても、できない)


咲良はそっと目を閉じる。


それは「愛」なのか、「執着」なのか、あるいはただの「諦め」なのか。

どの言葉にも当てはまらない。


(でも、それでいい。

今だけは、“ふたりだけ”の記憶として、ここに閉じ込めてしまいたい)


やがて、結依がゆっくりと手を解いた。


咲良は目を開ける。


結依の顔には、珍しく泣きそうな表情が浮かんでいた。

けれど、涙は流れていない。


「ねえ、お姉ちゃん。お願いがあるの」


「……なに?」


「今日のこと、“誰にも話さないで”。

この時間は、“ふたりの記憶にだけ残して”ほしいの」


その声は、震えていなかった。

強い決意が、静かに宿っていた。


咲良はゆっくりと頷く。


「……わたしも、そうしたい」


“ふたりだけの場所”“ふたりだけの秘密”

そして、“ふたりだけが覚えている関係”。


それは、壊れて、歪んで、痛みを伴って、

それでもなお、確かに生きていた証だった。


結依は立ち上がり、扉へ向かう。


「じゃあ、またね。……名前は、呼ばないけど」


咲良は笑った。


「うん、わたしも」


扉が閉まる。


咲良は残された空間の中で、机に手を置いたままじっとしていた。


たぶん、誰に聞かれてもこう言うだろう。


――「なにもなかったよ」


でも、それがどれだけ“濃密な何か”だったかを、知っているのは――ふたりだけだった。



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