第27話「濡れた制服」
朝から降り出した雨は、放課後になっても止む気配がなかった。
校舎の窓を伝う水滴が、まるで泣いているようにゆっくりと流れていく。
咲良は下校のチャイムが鳴っても動かなかった。
教室の隅、ひとりでじっと座っていた。
誰も話しかけてこない。
まるで“そこにいてはいけないもの”のように、周囲は咲良の存在を避けていた。
(こうしていると……世界から切り離されたみたい)
その感覚は、不思議と安心でもあった。
でも、ふいに教室のドアが開く。
「お姉ちゃん」
結依だった。
制服の肩から袖にかけて、雨に濡れたあとがくっきり残っている。
髪も湿っていて、前髪の先から水がぽたぽたと落ちていた。
けれど、彼女の目は不思議なほど静かだった。
「迎えに来たの」
咲良は立ち上がろうとしたが、足がすぐには動かなかった。
代わりに、声を絞り出す。
「結依……もういいよ、無理しなくて」
「無理なんかしてないよ」
結依は教室に入り、静かに歩み寄ってきた。
机の横に立ち、濡れたままの手で咲良の髪をそっと撫でる。
「わたし、お姉ちゃんのこと、憎んだことがあるんだ」
咲良は目を見開いた。
「羨ましかった。誰とでも自然に話せて、誰にでも優しくて。……わたしには、その“全部”が届かなかった」
「……結依」
「それでね、わたし、あなたに痛みを刻んで、自分の形にしようとしたの」
淡々とした告白。
なのに、その声はやけに透き通っていた。
「でも……違った。そうしても、あなたは“わたしにはならなかった”」
結依は、濡れた制服のまま咲良の横に腰を下ろす。
肩が、触れそうで触れない距離。
「ねえ、お姉ちゃん。わたし、やっぱり愛してたのかな。それとも、ただ“依存”してただけなのかな」
その問いに、咲良は小さく、首を横に振った。
「そんなの……どっちでもいいよ。だってわたしたちは、そうやってしか繋がれなかったんだから」
教室の時計の針が、ひとつ進んだ。
ふたりの間を、濡れた制服の匂いと、雨音だけが埋めていた。




