第24話「戻ってきた少女」
音楽室の空気が、瞬間的に張り詰めた。
咲良は、加奈の姿を直視できなかった。
何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか――わからなかった。
(まさか、戻ってきてくれるなんて……)
加奈は口を開かず、ただ扉の前に立ち尽くしていた。
その視線が、結依と咲良、そしてわずかに開いたふたりの距離をなぞる。
沈黙の中、結依が微笑んだ。
「……おかえりなさい、加奈さん」
その笑顔は、まるで“勝者”のようだった。
勝ったわけでもないのに――咲良はそう思った。
加奈は静かに一歩、音楽室に足を踏み入れた。
ヒールの音が床に淡く響き、二歩、三歩と近づいてくる。
咲良の前で止まったその顔には、感情が読み取れなかった。
「……久しぶりだね、咲良ちゃん」
「……うん」
喉が乾いて声が掠れた。
加奈は何も言わず、咲良の袖に目を落とした。
そこには、前髪と同じく“整えられた”痕跡が、うっすらと残っていた。
加奈はふっと目を伏せたあと、今度は結依の方を見つめた。
「あなたが、“わたしの代わり”に選ばれたわけじゃないって、ちゃんと証明しにきたの」
「そう……」
結依の口元が、ほんの僅かに歪んだ。
「でも加奈さん、あなた、知ってる? 咲良はもう、どちらかを“選ぶ”ような場所にはいないの。わたしと一緒に、沈んでる。とっくに」
加奈は微笑んだ。
「……だからこそ、“咲良ちゃんを引き上げる”ために来たのよ」
音楽室の空気が震えた。
かつて穏やかだった加奈の声には、もうあの優しさだけではない、静かな決意が宿っていた。
(この子も、変わってる。わたしが沈んでいる間に)
咲良は、その二人の狭間で、胸の奥に言い知れぬ痛みを抱えながら――
ただ、立ち尽くすしかなかった。




