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双つ花  作者: 淡雪
23/30

第23話「くちづけ未遂」

放課後の音楽室。

窓から差し込む陽の光が、ピアノの鍵盤にやわらかく落ちていた。


咲良は、指先で静かに一音だけ鳴らす。

深く、優しい、単音。

それはまるで、自分自身をなだめるような音だった。


(何も起きない、静かな放課後……そう思いたいだけ)


背後の扉が軋む音。


振り返らなくてもわかった。

その気配は、あまりに馴染んでしまっている。


「お姉ちゃん、まだ学校にいたんだ」


結依の声は、ほんの少しだけ甘さを含んでいた。

だが、その奥にあるものは、もはや咲良の耳が覚えてしまっている“静かな狂気”だった。


「……今日は、早く帰るつもりだったんだけどね」


咲良はそう言って笑おうとしたが、顔はうまく作れなかった。


「そっか。でも、見つけられてよかった」


そう言って結依は、静かに歩み寄ってきた。


ふたりの距離が、日常の中にあるはずの「安全圏」を軽く踏み越えていく。

机と机の間に、音もなく滑り込むようにして、結依は咲良の横に立った。


そして――

その顔を、咲良の頬のすぐ近くまで寄せた。


「……今、ここでキスしたら、どうする?」


その声は、優しすぎるほどに優しかった。

まるで愛の告白のような、でも同時に呪いのような囁きだった。


咲良は、答えなかった。


いや――答えられなかった。


「“だめ”って言うなら、止めて。お姉ちゃんが、自分で」


結依の唇が、ほんのわずかに触れる距離まで近づいた。


咲良の心臓が、悲鳴のように脈打つ。


でも――その瞬間、


ガチャン!


扉が勢いよく開いた。


「……っ!」


ふたりが同時に振り返る。


そこに立っていたのは――加奈だった。


制服の裾を揺らし、無言で立ち尽くす彼女の目が、ふたりの距離を正確に測っていた。


結依は、まるで舞台の幕を引かれた役者のように、静かに咲良から距離を取った。


「……邪魔、入っちゃったね」


その囁きは、どこまでも軽やかで――

どこまでも、こわかった。

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