第22話「誰も知らない微笑み」
午後の授業中。
咲良は黒板を見つめながら、まったく内容の入ってこない授業に座っていた。
先生の声が遠い。
クラスメイトの笑い声も、何か別の世界から響いているようだった。
(結依は、“普通の妹になる”って言ったけど――あれは、ほんとうの意味での終わりじゃない)
咲良の机の右斜め後ろ。
そこに、結依はいた。
姿勢正しく、真面目にノートをとっている。
誰よりも優等生らしい雰囲気。
だけど、誰も知らない。
咲良にしかわからない、あの笑顔の“奥にあるもの”を。
(今は静かでも、きっといつかまた――)
そのとき。
咲良の視界の端で、一通の紙が滑り込んできた。
机の上に置かれた、折りたたまれた小さなメモ。
周囲を見渡す。
誰もこちらを見ていない。
けれど、視線を感じる。
すぐ後ろから――“あの子の”視線を。
咲良は、ゆっくりと紙を開いた。
そこには、たったひとことが書かれていた。
「わたしを忘れたら、だめだよ」
インクは淡い紫。
そして筆跡は――結依のもの。
(……やっぱり、“終わってない”)
咲良は紙をそっと折り直し、ポケットにしまった。
その瞬間、後ろから空気の動きを感じる。
振り返らなくてもわかる。
そこにいるのは、笑顔の“妹”。
――その笑みの中には、誰も知らないものが潜んでいる。
誰も知らない。
けれど咲良だけは知っている。
あの笑顔が、世界のすべてを壊してしまう力を持っていることを。




