第21話「歪んだ日常の幕開け」
週が明けた月曜日。
咲良は、平然を装って学校の門をくぐった。
校庭の風景も、ざわめく声も、すべてがいつもと同じ。
けれど――咲良の中では何もかもが“違って”いた。
教室に入ると、クラスメイトたちは軽口を交わしていた。
その中に、加奈の姿はなかった。
(まだ、戻ってこないんだ……)
そのことに誰も触れようとしない。
担任すらも、「家庭の事情で休み」という言葉を繰り返すだけ。
“見ないふり”をする空気が、静かに蔓延していた。
昼休み、咲良は屋上へと足を運んだ。
風が吹き抜ける鉄柵の前。
その場所は、あの日のままだった。
(あの夜、誰も落ちなかったけど――“何か”は、確かに落ちた)
失われた信頼。
壊れてしまった純粋さ。
交わされなかった約束。
選ばなかった答え。
どれも確かに、ここに残っていた。
「お姉ちゃん」
背後から声がして、咲良は振り向いた。
結依が立っていた。
制服のリボンをきちんと締め、髪は切り揃えられていた。
見た目は以前と変わらない。
けれどその佇まいは――どこか“無色”だった。
「加奈さん、まだ来てないんだね」
「……うん」
「もう来ないと思う?」
咲良は答えられなかった。
代わりに聞いた。
「結依は、これからどうするの?」
少しの間を置いて、結依は静かに笑った。
「わたし、“普通の妹”になる努力をしてみようと思う」
その言葉には、皮肉も、嘘も、激情もなかった。
ただ、どこか遠くから聞こえてくるような、空虚な声だった。
「でもね、お姉ちゃん。わたしは忘れないよ。
あの夜、わたしのために泣いてくれたことも――
この手を掴んでくれた温度も」
咲良は、目を伏せた。
言葉が、出なかった。
(歪んでしまった関係は、もう“元”には戻らない)
それでもなお、何かを始めようとするには――痛みを抱いたまま、歩いていくしかない。
チャイムが鳴る。
結依が微笑む。
「行こう、お姉ちゃん。日常は、もう始まってるから」
そして二人は、何もなかったかのように、扉の奥へと歩き出した。
でも、その足音は――確かに、少しだけ重なっていなかった。




