第20話「三人の沈黙」
その夜、三人は誰も言葉を発さないまま、屋上から階段を降りた。
照明の消えた校舎は、どこか異世界のようで、歩くたびに靴音がやけに大きく響いた。
咲良は前を歩く結依の背中を見つめていた。
しおれたように力が抜け、制服の肩が少し落ちている。
あの強くて、狂気をはらんだ姿はもうそこにはない。
加奈は最後尾を黙ってついてくる。
視線はずっと足元。顔を見せようとはしなかった。
正面玄関までたどり着くと、空気が一変した。
夜の外気が肌を撫で、虫の音が遠くから微かに聞こえてくる。
咲良が口を開こうとしたとき――
「わたし、帰るね」
加奈が、唐突にそう言った。
咲良が振り返ると、加奈はもう背を向けていた。
「……加奈ちゃん!」
「ありがとう、咲良ちゃん。でも……いまのあなたを、わたしのまっすぐさでは、支えられないと思うの」
咲良は、言葉が出なかった。
「ずっとあなたを好きだった。でも、たぶん、あなたが必要としてたのは“わたしみたいな人”じゃなかったんだと思う」
加奈は歩き出す。背中は震えていなかった。
その姿はまるで――自分の心を丁寧に折り畳んで、静かにしまっていくようだった。
咲良は追いかけようとはしなかった。
なぜなら、その選択が“加奈の尊厳”だと理解していたから。
隣で立ち尽くしていた結依が、ぽつりと呟く。
「ふたりとも……優しすぎるよ」
咲良は、静かに答える。
「違うよ。みんな、自分を守るために、必死だっただけ」
三人は、それぞれの心を裂きながら、ようやく沈黙の夜を越えた。
けれどその沈黙は、これから始まる何かの“前触れ”だった。
まだ――終わっていない。




