第2話「閉じた部屋」
放課後。
校舎の裏手にある旧館、今では使われなくなった旧音楽準備室。
そこが、“妹の部屋”だ。
本来なら立ち入り禁止のはずなのに、結依は裏ルートから鍵を手に入れていた。
最初に連れてこられたのは、中学に上がってすぐの頃。
以来、何かあるたび、彼女はここにわたしを呼ぶようになった。
錆びた扉を開けると、そこには誰にも知られていない、静かな牢獄があった。
「……来てくれたんだ」
中で待っていた結依は、制服のリボンを外し、床に座っていた。
光の届かない薄暗がりで、瞳だけがやけに鮮明だった。
「お姉ちゃん、座って」
命令のような言葉。
逆らえば――そう思わせる空気があった。
わたしは無言で座る。
結依が、近づいてくる。
その膝が、ゆっくりとわたしの太ももに触れた。
「さっきの子、加奈ちゃんっていうの?」
「……ええ」
「どこが好き?」
「好きじゃない」
「……じゃあ、私のことは?」
その問いは、まるで拷問のようだった。
真実を告げても、嘘を吐いても、どちらでも傷つけると分かっている。
「――わからないよ、結依。わたし、どうしてこんなこと……」
言いかけた言葉が、喉で止まる。
彼女がわたしの頬を、ゆっくり撫でたからだ。
「お姉ちゃん、私のこと、ちゃんと見て。ちゃんと……触れて」
次の瞬間、制服のボタンが一つ、外された。
「やめて」
そう言った声が、掠れていた。
「お姉ちゃんが“やめて”って言うときの声、わたし、すごく好き」
スカートの裾に指が伸びる。
逃げなきゃ――そう思っても、体は動かない。
脳のどこかで、これは妹だというブレーキが働き、
そして同時に、“許してしまえば楽になれる”という囁きも聞こえた。
「……ねえ、結依」
「なに?」
「どうして、こんなことをするの?」
結依は微笑んだ。
「だって、私の世界には、お姉ちゃんしかいないから」
その言葉には、純粋なまでの狂気があった。
そして、わたしの手を取り、ゆっくりと、自分の胸に触れさせた。