第19話「選択」
風が強くなった。
夜の屋上は、まるで舞台のように静まり返り、三人の息づかいだけがそこにあった。
咲良の胸の奥で、心臓が狂ったように跳ねる。
喉が痛い。叫びたいのに、声が出ない。
「結依……お願い、そんなこと、言わないで」
「じゃあ、わたしを選んで。お姉ちゃんのすべてを、わたしにくれるって言って」
咲良は結依の方を見つめた。
その目は、酷く幼く、哀しげで、そして――確信に満ちていた。
(本当に飛ぶ。結依は、本気だ)
加奈の手が、後ろでそっと咲良の袖をつかむ。
震えていた。
でも、何も言わなかった。
彼女もまた、咲良の選択を待っていた。
「咲良ちゃん……わたしは……いいの。だから、あなたが、後悔しないほうを選んで」
その言葉が、胸に突き刺さる。
(誰も悪くない。でも、誰かが傷つく。誰かが失われる)
結依が、一歩フェンスへ近づいた。
「時間切れだよ、お姉ちゃん。……さよなら」
その足が、柵の上にかかる。
咲良は、叫ぶより早く、走り出した。
「結依ッ――っ!!」
そして、彼女の手を、強く引き寄せた。
抱きしめた腕の中で、結依の身体が細かく震える。
「やだ……嘘……どうして……」
「結依……わたしは、誰かを選ぶんじゃない。あなたを“捨てない”ために、生きることを選んだの」
咲良の声は震えていたが、はっきりと届いていた。
「壊れてもいい。間違っててもいい。だけど……一緒に壊れていくのだけは、終わりにしたい」
その言葉に、結依は小さく、声を漏らした。
「じゃあ、わたしは……もう、どこにも行けないじゃない……」
その囁きには、怒りも執着もなかった。
ただ、深い疲労と、痛みがあった。
咲良はその言葉に、黙って頷いた。
「そうだよ。だから、行かないで。お願いだから」
静かに――結依が、咲良の肩で泣いた。
そしてその背後で、加奈がそっと目を伏せて、ふたりの背中を見送った。
その目には、涙はなかった。




