第18話「血より赤い愛」
結依の影が、ゆっくりと近づいてくる。
バールの先端が、夜風にきらりと光った。
咲良は思わず加奈の前に立ちはだかる。
「結依、やめて。加奈は、なにも――」
「なにもしてない?」
結依の声は淡々としていた。
それが返って、狂気を際立たせていた。
「お姉ちゃんの手を握って、泣いて、縋って。そんな“なにも”が、どうしてあんなに優しく見えるの?」
結依は、咲良のすぐ目の前で足を止める。
「わたしじゃ、だめだったんだね」
その目には、もはや怒りも悲しみもなかった。
あるのは――燃え尽きた灰のような、静かな絶望。
「ねぇ、お姉ちゃん。ほんとうに、わたしを“選ばない”の?」
「結依……そんなこと、決めたわけじゃ――」
「なら、今ここで決めて」
バールが地面に“カン”と落とされる。
結依はそれを足元に置き、両手を広げた。
「ここで“わたし”を選ぶなら、あの子を置いて一緒に帰って。そしたら、全部水に流す」
「もし、“あの子”を選ぶなら……」
一拍、間が空く。
「わたし、飛ぶから」
その言葉に、咲良の呼吸が止まる。
「飛ぶ……?」
「このまま、屋上のフェンスから。ね、どっちかにして。もう耐えられないの、わたし」
咲良の視界が揺れる。
心臓が早鐘を打ち、足がすくみそうになる。
「どうして……どうして、そんなことを……!」
「だって、お姉ちゃんの“世界”の中で、わたしが“ひとりぼっち”なのが、一番つらいから」
結依の目に、うっすらと涙が浮かんだ。
その姿は、残酷で、悲しくて、そして――どこまでも純粋だった。
咲良は、言葉を失ったまま立ち尽くす。
(どちらかなんて、選べるはずがないのに)
けれど結依は、たしかに待っていた。
自分だけを、見てくれるその瞬間を。




