第14話「侵食」
翌朝、咲良は鏡の前で自分の髪を見つめていた。
額の横で切り揃えられた前髪。
それは、昨夜、結依が「おそろいにしよう」と言って無理やり切ったものだった。
「似合うよ。ねぇ、お姉ちゃん、可愛い。わたしが可愛いって思うように整えてあげたんだから」
そのときの笑顔を思い出し、喉の奥が痙攣するように詰まった。
(“わたしのもの”って、どこまでを意味するの……?)
制服を着て、いつも通り家を出る。
でも通学路に入った途端、スマートフォンが震えた。
差出人:結依
件名:“行かないで”
本文はなかった。
それだけで、十分に意味が伝わった。
(今日も学校に来るなってこと……?)
けれど、行かないわけにはいかなかった。
――加奈と話さなきゃいけない。
昨日の出来事の続きを、けじめを。
そう思って登校した咲良を待っていたのは、“何もなかった”という異様な静けさだった。
加奈は教室にいなかった。
担任の先生は「家庭の都合で今日はお休み」とだけ言った。
(そんな……連絡、来てなかったのに)
昼休み、咲良は教室を抜け、旧館へ向かった。
結依は、いた。
まるで待ち伏せていたかのように、部屋の奥の椅子に腰かけていた。
「お姉ちゃん」
その声には、いつもの棘も、甘さもなかった。
ただ、空っぽだった。
「加奈さん、今日はお休みなんだって」
「……知ってたの?」
「うん。だって……昨日、いろいろあったし」
咲良は、一歩前へ進んだ。
「……まさか、何かした?」
「お姉ちゃんが、わたしだけを見てくれるなら、それでいいって思った」
その言葉の裏に、何かがある。
咲良は背中に冷たい汗がにじむのを感じた。
「……まさか。加奈に――」
「ううん。直接はなにも。でも、動画って……ほんとにすごいよね」
咲良の足が止まった。
「動画……?」
結依は、カバンからスマートフォンを取り出した。
そこに表示されたのは――図書室で、咲良と加奈が手を握り合っていた瞬間。
「ちゃんと撮ってあったの。万が一のために。加奈さん、どうしたんだろうね。昨夜、すごく長く動画を見てたけど……急に全部、SNSのアカウント消してた」
ぞわり、と背筋が凍った。
「何をしたの……」
咲良の声が震えた。
「ねぇ、お姉ちゃん。“わたしと一緒に沈んでくれる”って、あれ、嘘だったの?」
結依が、微笑む。
その笑顔が、恐怖よりも哀しさを帯びていたことが――咲良をいちばん追い詰めた。




