第11話「図書室にて」
放課後、図書室の空気は静かだった。
窓から射し込む夕陽が、本棚の影を長く伸ばしている。
古いページの匂いが、どこか懐かしく、そして落ち着かない。
咲良は約束の時間より少し早く、閲覧席の奥に座っていた。
制服の袖をそっと握り、心の中で何度も言葉を繰り返す。
(加奈ちゃんに、全部話す。結依とのことも、わたしの弱さも)
――そして、助けを求める。
その決意を固めたとき、図書室のドアが静かに開いた。
「……咲良ちゃん」
加奈だった。
表情は固く、目の奥に迷いが浮かんでいる。
咲良が立ち上がり、軽く頭を下げる。
ふたりの間に、微かな緊張が走った。
「来てくれて、ありがとう」
「……ううん。こっちこそ、連絡くれて、安心した」
咲良は椅子を指さして言った。
「座って。……少し、話があるの」
加奈が頷き、咲良の向かいに腰を下ろす。
しばらく、沈黙。
その静けさの中、咲良はゆっくり袖をまくった。
赤い、消えかけの線。
その下に、細く彫られた“Y”の文字。
加奈の目が見開かれた。
「これ……結依ちゃんが……?」
咲良は小さく頷いた。
「わたし、もう何が正しいのか分からない。でも、これだけは言える。結依は――わたしを手放すつもりはない」
加奈の唇が震える。
「咲良ちゃん……苦しかったんだね。どうして、もっと早く言ってくれなかったの……!」
「……ごめん。でも、もう逃げたくない。誰かの手を、ちゃんと掴みたいと思ったから」
咲良が、そっと加奈の手を取る。
その瞬間、図書室の入口で“カツン”と硬い足音が鳴った。
ふたりが顔を向けると――そこには、結依が立っていた。
制服の前をきちんと閉じ、淡々とした瞳でふたりを見つめていた。
「……やっぱり、お姉ちゃんは加奈さんを選ぶんだ」
その声には、怒りも、悲しみもなかった。
ただ――空っぽだった。




