第1話「妹の影」
誰かの目が、背中に貼りついているような気がした。
教室の窓際。
春の陽射しが柔らかく降る昼休み。
となりの席の加奈が話しかけてくる。
「ねえ、咲良ちゃん、放課後さ、購買寄ってから図書室行かない? あの続き、貸し出し中だったけど、今日戻るらしいの」
「うん、いいよ」
わたしは微笑んで、そう答えた。
でも心のどこかで、ざらついた感覚がずっと離れない。
まるで誰かに――
『見られてる』
その感覚の正体に気づいたのは、廊下に出たときだった。
階段の陰に、あの子がいた。
妹――結依。
「……購買って、あんなに楽しいの?」
彼女は笑っていた。
だけど目が、笑っていなかった。
「あ、結依……どうして、ここに……?」
「たまたま通りかかっただけ。……でもさ、お姉ちゃん。最近、あの子と仲良すぎない?」
「加奈ちゃんは、ただの友達――」
「うそ」
語尾を食いちぎるような鋭さだった。
「“友達”なら、毎日わたしより先に朝の挨拶して、“放課後に一緒に帰る約束”なんてしない」
彼女の目の奥に、粘りつくような執着が渦巻いている。
ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。
「……まさか、また家の机、見たの?」
問いかけには答えず、結依はわたしの腕を掴んだ。
「放課後、来て。いつもの部屋で。じゃないと、あの子に……何か起きるかもね」
「……なに、言って――」
「言わなきゃ、伝わらない? じゃあもっと分かりやすくしようか?」
低く囁いたその声には、妙な甘さが混じっていた。
吐息が耳元を撫でるようにして、わたしは思わず身を引いた。
彼女は、笑った。
「お姉ちゃん、私のこと、嫌い?」
その言葉は、ナイフみたいに鋭く、でも切なさを滲ませていた。
――いいえ、嫌いなんかじゃない。
だけど、好きと答えてしまえば、きっと何かが壊れる。
それでも、言わなければならない瞬間がある。
その一歩を、踏み出す勇気があるかどうか。
わたしは、その日、妹の“部屋”へと足を向ける。