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第3話 嵐は突然に



 ユセフ・グリン。彼は今、命の危機に瀕していた。

 理由は単純明快。学園祭のクラス発表で行う演劇で、まさかのマリア・ノエル子爵令嬢の相手役を勝ち取ってしまったからだ。


 いや、ちょっと待て。


 彼は皆にそう言いたい。別に自分は立候補したわけでもなく、周囲が謎にユセフへ票を集めただけである。自分が積極的に相手役に名乗り出たわけではないのに、何故、こんなにも周囲からヘイトを向けられるのか。


 正直なところ、ユセフとしてはマリア=地雷だと思っている。関わりたくない。

 たしかにマリアは超美少女。周囲があがめるのはわかるし、初めて見たときは意識がなくなった。

 ユセフは次男だったので、婿入り先を探している。ノエル子爵家はマリアしか子供がいないし、婿を取るであろうことは確定している。最初は「これはキタ!」と狙いを定めようかと思った。


 ユセフは自分で言うのもアレだが、チャラ男である。そこそこ整った見た目と、アンニュイな雰囲気。

 幼い彼を見た親戚が「こいつは、夜の帝王に成れそうな雰囲気がある」と言うような雰囲気を成長してからも保持しており、見た目もそっち系の見た目になった。

 なお、幼い彼を評した親戚は怒り狂った両親にたたき出されたが、成長したユセフを見て「あいつは真実を見抜いていたんだな……」と両親は親戚に謝罪していた。ひどい。


 さて、夜の帝王になりそうな雰囲気のユセフからすれば、箱入り娘のマリアはいい獲物である。

 これは楽勝だな!と一瞬思った。だが、一瞬でその心はなくなった。


 マリアを取り囲む猛獣たちが強力すぎたからだ。


 この国の第2王子に加えて、公爵家の跡取り2人、宰相の息子1人、隣国の皇太子1人、獣人の国の族長が1人、竜人が2人、さらには大富豪の息子やら裏社会のドンの息子やらなんやら。とにかく、強すぎる面々がマリアを狙い、マリアに近づく男たちを排除していた。


 あ、これは触るな危険。


 近づけば命がないことがわかったユセフは、クラスではできるだけ静かに過ごし、他クラスの女子たちに狙いを定めることにした。そうこうして、他クラスに何人か一緒にお茶をするような女の子たちを作り、きゃっきゃしていた何気ない日常が、突如崩れたのである。



ヒュッ!!!


「ひっ……!」


 彼の1日は、突如降ってくるナイフを必死に避けるところから始まる。


ドゴッ!!!


「ひえっ……!」


 一歩、部屋から足を踏み出せば、何かのトラップによって重そうな銅像が前からとんでもない勢いで飛んできたので、必死にしゃがみこんで避けた。後ろで重そうな音が響き、すでに涙目である。


ツルっゴロゴロゴロ!!!


「うわぁあああああ!!」


 階段に差し掛かったところ、足元に塗られていた油でそのままツルっと滑って、階段を転げ落ちる。体のあちこちが痛い。

 朝っぱらからすでにボロボロだが、まだ寮から出れてすらいない。涙目のユセフは、今日も保健室に行くことが確定した。寮から出るのすら、一苦労である。

 

 彼の唯一の救いは、魔法が直接使われないところだ。魔法を使うと痕跡が残ってしまうため、このような仕掛けは魔法を使われていないのだ。

 しかし、授業中はそんなセーブをする必要がない。

 実習中は炎魔法が飛んでくるのを避け、石が飛んでくるのを必死に避けたが何個か当たり、水魔法によってびしょぬれにされた。


「いやぁ悪いね、グリン」

「ちょっとコントロールがずれたんだよ」

「今日は調子が悪くて」


「ははははは……」


 明らかに悪いとは一ミリも思っていない表情で猛獣たちに言われ、ユセフはから笑いを返すしかない。そうして、何とか所定の位置に戻ってきたユセフを一般生徒の男子たちがねぎらう。


 これらはすべて、悪戯なのだ。ちょっと命の危機を感じるけど、悪戯。彼らは権力やら腕力やらを使うことなく、ちょっと悪戯している気持ちなんだろう。やられている方は命の危険を感じるが、これが力量差というもの。

 こんな悪戯をされているのは、演劇の投票をする際、辞退厳禁!というルールが敷かれていたからだ。おそらく、ヒロインに抜擢されたマリアが辞退するのを防ぐために設けたルールだったはずだが、そのルールが猛獣たちを苦しめている。ユセフを辞退させることができないため、腹立たしい思いを悪戯で発散しているのだろう。

 あと、ボロボロのユセフをマリアが好きになることはないだろう、という打算もあると思う。


 毎日悪戯をされるユセフ。彼はクラスメイトとの交友などはほぼ築いていなかったが、この期間中に、友人というか同士ができた。彼らはユセフに下剤が盛られていない食事を融通し、保健室に行くユセフのために課題を見せてくれたり勉強を教えてくれたりする。こんないい奴ら、ほかにはいない!とホロリする。



 そんなデンジャラスな毎日を送っているユセフだが、演劇の練習には毎日まじめに通っていた。練習妨害を防ぐために、関係者以外は参加禁止にされているので、猛獣たちは来ることができないのだ。とっても安全地帯。

 この安全地帯を満喫するために、ユセフは毎日欠かさず練習に参加した。


「グリンさん、お怪我は大丈夫ですか?」

「んー?大丈夫大丈夫。かすり傷だから」


 心配そうに話しかけてくるマリアに、ちくしょう!可愛いなおい!と思いながら苦笑いを返す。


「私でよければ、治しましょうか?」

「えっまじ?いいの?」


 マリアの申し出に、ユセフは目を輝かせた。治療は光魔法に属しており、光魔法を使える人は数が少ないのだ。実際、学園の保健室の先生は光魔法は使えるものの、治療は大量の魔力を消費してしまうそうで、ちょっとの傷なら魔法を使わずに手当てされるだけ。ユセフは毎日傷だらけである。

 一方、マリアは魔力が膨大で光魔法も得意だ、というのは知られていた。その能力と美貌で教会から聖女に祭り上げられそうになり、暴動が起きて阻止された、という事件すらある。


 ぱぁああ…と柔らかい光に包まれ、いたるところにあった傷やら打撲やらが治ったことがわかる。ユセフは自分のピカピカの手を見て嬉しくなり、マリアへお礼を言った。


「ほんと、ありがとな!」

「こんな傷だらけで…体調が悪かったりしたら、劇の練習、お休みしてもいいんじゃないですか?」


 本気でそう言っているマリアに、ちょっと言葉に詰まる。待て、この安住の地を奪わないでくれ。


「いいのいいの。俺、今までクラスメイトとなんかする、ってやったことなかったし。

 ヒーロー役は予想外だったけど、楽しいんだよね」


 ちょっと恥ずかしいが、これも本心。友人・同士もできたし、まさかの波乱万丈な日々だが、けっこう楽しい毎日だ。

 もう一度、「ありがとー」とお礼を言って、教室を後にするユセフ。











「………」


 きゅんっ


 まさかの心の動きが、後ろで起きたことには気づかないまま。




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