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三度目の映画の話が始まった頃には、さすがのクミも少し不機嫌になっていた。
タイチは慌てて映画の内容を語り出す。
その必死さが伝わったのか、クミは徐々に機嫌を直してくれた。
二組と四組がやる劇は、その映画によく似ていた。
父子家庭の長男が、暴力を振るう父親を、弟妹のために殺す──そんな話だ。
劇では父親を殺す前に和解して終わるけれど、映画では実行してしまい、そのあと長男が自殺する。
結局、すべてが曖昧なまま終わる。
脚本を担当した生徒たちも、きっとこの映画を見たのだろう。
「でも、ラストを変えちゃうのって違うと思わない?」
「違うって?」
クミは夢中になって映画の話をしている。
タイチの記憶では、違うシーンの音響の話をしていたはずだが、口に出すのはやめた。
また機嫌を損ねたら困るし、クミと話せるなら話題は何だっていい。
「和解って、不自然じゃない?」
「そうかな。脚本を読んだけど、自然に流れてる気がしたよ」
機嫌を取るだけじゃだめだ、とタイチは思う。
まだ数回しか話していないが、クミは意見のやり取りを楽しむタイプのようだ。
ただ頷いてばかりだと、つまらなそうに話を切ってしまう。
「……そうかなぁ」
「父親を殺そうと決めたその日に、父親が一人でつぶやくシーンがあるといいかも」
「亡くなった奥さんに謝るシーン?」
タイチは頷く。
クミは真面目に話を聞いてくれていた。
人と話すときは目を見て、としっかり教えられてきたのだろう。
そのまっすぐな視線に、タイチは何度も目をそらしては、また戻すを繰り返していた。
──キョロキョロしてる自分、どう見えてるんだろう。
「そう。妻を失ったショックから立ち直れず、子どもたちに暴力を振るってしまったことを悔いるようなシーン」
「でも、それって自分勝手じゃない? どんなに後悔しても、子どもをそこまで追い詰めたんだよ」
「それでも、変わろうと誓う。ちゃんとやり直すって」
そんな誓いで、本当に変われるのかはわからないけれど。
「そんな独り言を聞いただけで、長男が納得できるかなぁ?」
クミは唸った。
その表情が可愛い、とタイチは思う。
だが気を抜けばまた怒られる。
慌てて頭を振り、雑念を追い払った。
「納得じゃなくて……希望を持ったんだと思う」
「希望?」
クミの顔がぽかんとする。
完全に意表を突かれた、そんな表情だった。
「暴力を受けても、殺したくなるほど憎くても、それでも父親は一人だけだから。変わってくれるなら……って、期待したんじゃないかな」
「……うーん」
再びクミは唸る。
「納得はしてない、ってこと?」
「ううん。なんか、暴力彼氏となかなか別れられない女みたいだなって」
──恋愛に例えるあたり、女の子らしいな、とタイチは思う。
ちょっと違う気がしたけれど、その「違い」が何なのかは、うまく言葉にできなかった。
《愛という幻想》。
昔観た映画のタイトルがふと頭をよぎる。
恋愛映画みたいな題名だったけれど、実際は骨太なサスペンスだった。
「殺したほうがスッキリする、ってこと?」
「そうじゃないよ。……なんか、その言い方嫌い」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなくて!」
また怒らせたかと、タイチは慌てて弁解する。
せっかく会話が弾んでいたのに、変なことを言ってしまった。
何を言えばいいのかわからず、とにかく謝るしかない。
クミはそんなタイチを見て、くすっと笑った。
「射場くん、必死すぎ。そんなに怒ってないよ」
──少しは怒ってるんだろうけど。
「でも、射場くんも映画のラストのほうが良いって思ってるでしょ?」
「え、あ……弟と妹のことを思うと単純に“良い”とは言えないけど……話の流れとしては、うまくできてたと思う」
突然話を戻されてタイチは戸惑うが、なんとか食らいついた。
印象的だったラストシーンが脳裏に浮かぶ。
たった二人の食卓。
静かにご飯を食べる弟と妹。
残された者も、残した者も、誰一人救われないエンディングだった。
「あの最後が、この映画の一番大事なシーンだと思うの」
クミの言葉に、タイチは深く頷いた。
父の死も、長男の死も、残された弟と妹の姿も、あの映画を形作るにはすべて必要な要素だった。
「だから私、この劇の台本、好きになれないんだよね」
「……嫌いってこと?」
「嫌いじゃないよ。でも、好きにはなれない」
その言葉は、タイチの耳に妙に重く響いた。
まるで誰かにフラれたときに聞くような、そんな言葉。
それでも、気持ちは同じだった。
「俺も……そうだよ」
「よかった。射場くんなら、そう言ってくれると思った」
クミはふわりと微笑んだ。
その笑顔が、タイチには何よりうれしかった。