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「だから、ラストチャンスなんだよ」
アツシは力を込めて言った。
“ラストチャンス”という言葉が、タイチの頭の中でリフレインする。
「この文化祭の準備中に、女子と仲良くなる!」
アツシはまるで教師のような口ぶりだった。
テストに出るとでも言いかねない勢いで、タイチは思わず赤線を引きたくなった。
「幸い、俺たち二組と高塚クミの四組は協同作業だしな」
その名前を出した途端、タイチは慌ててアツシの口をふさいだ。
五時間目が終わり、十分間の休み時間。
もうホームルームしか残っていないからか、教室にはまだ多くの生徒が残っている。
そんな中で“高塚クミ”の名前を聞かれたらまずい。
「バカ、慌てんなって。名前出しただけだろ?」
アツシはタイチの手を払い、肩を押して椅子へと戻した。
「名前出すなよ、恥ずかしいだろ」
「名前言ったくらいで、お前が高塚のこと好きだなんて誰も気づかねぇよ。エスパーじゃあるまいし」
「バカ、だから言うなって。お前は声がでかいんだよ!」
その“お前”の声のほうがよほど大きく、クラスメイトたちがこちらを振り向いた。
「バカ」
そう呟いてアツシがタイチの頭を軽く叩くと、何でもないと手を振って周囲にアピールする。
クラスメイトたちはそれを見て、また自分たちの会話に戻っていった。
「お前は敏感すぎ。ウブすぎ。シャイすぎ。何、清純派気取り? それとも硬派な番長か?」
タイチはどれにも当てはまらない。
清純派なんて気取ったこともないし、硬派でも番長でもない。
腕っぷしは弱く、ケンカを売られたら返品して逃げたいタイプだ。
背は低く、体つきも頼りない。
ウブとかシャイとか言われても反論できない。
高塚クミの話になると、つい顔が熱くなるのだから。
「ピ、ピュアなんだよっ」
「そんなに必死に訂正するワードか、それ」
タイチは口をつぐんだ。
頬が熱くなっているのが自分でもわかる。
これが一番嫌なところだ。
アツシや他の友人にからかわれる原因でもある。
顔を見たらまた何か言われそうで、アツシの方を見られなかった。
そんなタイチの肩に、アツシがそっと手を置いた。
「いいか、タイチ。もう一回言うぞ」
アツシは今度は、小さな声で続けた。
「本当に高塚クミのことが好きなら……これがラストチャンスだ。頑張れよ」
そう言って、タイチの肩をポンポンと二度叩いた。
まるで、先生から受けた励ましをなぞるように。
「……俺、頑張るよ」
決意の言葉が自然にこぼれる。
弟みたいなやつだな、とアツシは思いながらも、そんな友人を少し誇らしく感じた。
予鈴が鳴った。
いいタイミングだと思いながら、アツシはもう一度タイチの肩を叩き、自分の席に戻った。
担任の教師が教室に入り、ホームルームが始まった。
内容は特に大したこともなく、連絡事項と文化祭準備の注意だけだったが──
タイチの頭の中は、アツシの“ラストチャンス”という言葉と、放課後に会う高塚クミのことでいっぱいだった。
タイチもクミも、音響係だ。
クラスごとに男子一人・女子一人が選ばれ、二組はタイチと宇野カスミ、四組はクミと上牧ワタルが担当することになった。
三年になってから同じクラスになった宇野カスミとは、ほとんど話したことがなかったので、最初は気まずかった。
けれど、四組との協同作業だと知った時に、クミが音響係だとわかって、そんな気まずさは吹き飛んだ。
さらに幸運なことに、宇野と上牧は修学旅行後にできたカップルで、タイチとクミが話す機会を邪魔することはなかった。
「このシーン、どの曲がいいと思う?」
「お、俺?」
「そうだよ。射場君しかいないじゃない」
クミは笑って、候補のCDを指差した。
確かに、今教室にいるのはタイチとクミだけだった。
放課後、それぞれの係で集まっての打ち合わせ。
音響係の四人も三年四組の教室に集まったが、三十分もしないうちに宇野と上牧は「任せた」と言い残して先に帰ってしまった。
タイチもクミも一応文句は言ったが、もう慣れっこだった。
この音響係が発足したときから、同じような流れだったのだ。
正直、タイチにとっては文句を言う理由はあまりない。
高塚クミと二人きりになれるのだから、むしろ当たりくじだ。
二人は机を向かい合わせ、間にCDを並べている。
最近流行のバンドやアイドルのCDから、鳥のさえずりや映画のサウンドトラックまで、ジャンルはさまざまだ。
その中には、どう見ても劇の内容に合わない曲も混じっていた。
バンドやアイドルのCDは、どうやら宇野と上牧が自分たちの趣味で持ってきただけらしい。
タイチはふと、「あの二人、台本ちゃんと読んでるのかな」と思い、何とも言えない怒りがこみ上げてきた。