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黒と白と階段  作者: 清泪(せいな)
時と砂と新聞
3/52

「だから、ラストチャンスなんだよ」


 アツシは力を込めて言った。

 “ラストチャンス”という言葉が、タイチの頭の中でリフレインする。


「この文化祭の準備中に、女子と仲良くなる!」


 アツシはまるで教師のような口ぶりだった。

 テストに出るとでも言いかねない勢いで、タイチは思わず赤線を引きたくなった。


「幸い、俺たち二組と高塚クミの四組は協同作業だしな」


 その名前を出した途端、タイチは慌ててアツシの口をふさいだ。


 五時間目が終わり、十分間の休み時間。

 もうホームルームしか残っていないからか、教室にはまだ多くの生徒が残っている。

 そんな中で“高塚クミ”の名前を聞かれたらまずい。


「バカ、慌てんなって。名前出しただけだろ?」


 アツシはタイチの手を払い、肩を押して椅子へと戻した。


「名前出すなよ、恥ずかしいだろ」

「名前言ったくらいで、お前が高塚のこと好きだなんて誰も気づかねぇよ。エスパーじゃあるまいし」

「バカ、だから言うなって。お前は声がでかいんだよ!」


 その“お前”の声のほうがよほど大きく、クラスメイトたちがこちらを振り向いた。


「バカ」


 そう呟いてアツシがタイチの頭を軽く叩くと、何でもないと手を振って周囲にアピールする。

 クラスメイトたちはそれを見て、また自分たちの会話に戻っていった。


「お前は敏感すぎ。ウブすぎ。シャイすぎ。何、清純派気取り? それとも硬派な番長か?」


 タイチはどれにも当てはまらない。

 清純派なんて気取ったこともないし、硬派でも番長でもない。

 腕っぷしは弱く、ケンカを売られたら返品して逃げたいタイプだ。

 背は低く、体つきも頼りない。

 ウブとかシャイとか言われても反論できない。

 高塚クミの話になると、つい顔が熱くなるのだから。


「ピ、ピュアなんだよっ」

「そんなに必死に訂正するワードか、それ」


 タイチは口をつぐんだ。

 頬が熱くなっているのが自分でもわかる。

 これが一番嫌なところだ。

 アツシや他の友人にからかわれる原因でもある。

 顔を見たらまた何か言われそうで、アツシの方を見られなかった。


 そんなタイチの肩に、アツシがそっと手を置いた。


「いいか、タイチ。もう一回言うぞ」


 アツシは今度は、小さな声で続けた。


「本当に高塚クミのことが好きなら……これがラストチャンスだ。頑張れよ」


 そう言って、タイチの肩をポンポンと二度叩いた。

 まるで、先生から受けた励ましをなぞるように。


「……俺、頑張るよ」


 決意の言葉が自然にこぼれる。

 弟みたいなやつだな、とアツシは思いながらも、そんな友人を少し誇らしく感じた。


 予鈴が鳴った。

 いいタイミングだと思いながら、アツシはもう一度タイチの肩を叩き、自分の席に戻った。


 担任の教師が教室に入り、ホームルームが始まった。

 内容は特に大したこともなく、連絡事項と文化祭準備の注意だけだったが──

 タイチの頭の中は、アツシの“ラストチャンス”という言葉と、放課後に会う高塚クミのことでいっぱいだった。


 タイチもクミも、音響係だ。

 クラスごとに男子一人・女子一人が選ばれ、二組はタイチと宇野(うの)カスミ、四組はクミと上牧(かんまき)ワタルが担当することになった。


 三年になってから同じクラスになった宇野カスミとは、ほとんど話したことがなかったので、最初は気まずかった。

 けれど、四組との協同作業だと知った時に、クミが音響係だとわかって、そんな気まずさは吹き飛んだ。


 さらに幸運なことに、宇野と上牧は修学旅行後にできたカップルで、タイチとクミが話す機会を邪魔することはなかった。


「このシーン、どの曲がいいと思う?」

「お、俺?」

「そうだよ。射場君しかいないじゃない」


 クミは笑って、候補のCDを指差した。


 確かに、今教室にいるのはタイチとクミだけだった。

 放課後、それぞれの係で集まっての打ち合わせ。

 音響係の四人も三年四組の教室に集まったが、三十分もしないうちに宇野と上牧は「任せた」と言い残して先に帰ってしまった。


 タイチもクミも一応文句は言ったが、もう慣れっこだった。

 この音響係が発足したときから、同じような流れだったのだ。

 正直、タイチにとっては文句を言う理由はあまりない。

 高塚クミと二人きりになれるのだから、むしろ当たりくじだ。


 二人は机を向かい合わせ、間にCDを並べている。

 最近流行のバンドやアイドルのCDから、鳥のさえずりや映画のサウンドトラックまで、ジャンルはさまざまだ。


 その中には、どう見ても劇の内容に合わない曲も混じっていた。

 バンドやアイドルのCDは、どうやら宇野と上牧が自分たちの趣味で持ってきただけらしい。

 タイチはふと、「あの二人、台本ちゃんと読んでるのかな」と思い、何とも言えない怒りがこみ上げてきた。

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