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黒と白と階段  作者: 清泪(せいな)
時と砂と新聞
2/52

 茨北(しほく)中学校では、十月の第四日曜日に文化祭が開かれる。

 二学期に入ると、校内はその準備で一気に慌ただしくなる。

 高校受験を控えた三年生も、例外ではない。むしろ一番忙しいかもしれない。


 文化祭は創立当初から続く伝統行事で、一年生は研究発表、二年生は合唱、三年生は演劇、と決まっている。定番すぎて誰も疑問に思わないほどの恒例だ。


「タイチ、これが中学ラストチャンスだぞ」


 富田(とんだ)アツシは、お気に入りの髪型を軽く整えながらそう言うと、教室の机にうつ伏せて寝ていた射場(いば)タイチの背中をぺしりと叩いた。


「痛いって、叩くなよ」

「だから言ってんだよ、ラストチャンスなんだって!」


 タイチは眠たげな目をアツシに向けたが、彼はどこ吹く風だ。


「……なんだよ、ラストチャンスって」


 また変なことを言い出したな、とタイチは思った。

 アツシは思いつきで一人盛り上がる癖がある。突拍子もないテンションで話しかけてきて、こっちの都合などお構いなしだ。

 それが面白い時もあるけれど、今は五時間目の国語が終わった直後。眠気が限界を超えていて、付き合う元気もない。


「女子にアピールする最後のチャンスに決まってんだろ!」


 アツシは得意げに言った。


 アピールって何を? とタイチは一瞬考えたが、すぐに察した。どうせ恋愛の話だ。


「ラストって、文化祭が終わっても学校あるじゃん。まだ半年くらい」


 学校そのものが無くなるとでも言いたげなアツシに、タイチはうんざりした声で返す。

 文化祭が終われば、受験ムードが一気に加速する。

 教室にはピリピリとした空気が流れはじめ、誰も彼もが参考書とにらめっこだ。

 タイチにとって、そんな毎日があと半年も続くと思うと、気が重くなる。

 高校に進んでも、同じ日々はまだまだ続く。

 二週間前まで夏休みだったとは信じられないほど、時間の流れが違って感じられた。


「バカだ、本当にバカだなぁお前は」


 アツシは芝居がかった動作で眉間を押さえ、大げさにため息をついた。

 まるでドラマに出てくる刑事のモノマネだ。


「バカバカ言うなよ。わかってるけどさ」

「お前、ただでさえ女子と話せてないのに、受験の真っ只中でどうやって会話増やすんだよ?」


 あらためて言われると、地味に傷つく。

 反論できないのがまたつらい。

 タイチは勉強が苦手だし、テレビの話題にも疎い。話しかけられても返せないことが多い。

 結局、沈黙ばかりが続いてしまうのだ。


「修学旅行ってビッグイベントでも、何もできなかったお前にとって、これがホントのラストチャンスなんだよ」


 その一言が胸に刺さった。


 タイチは、夏前の修学旅行を思い出す。

 蒸し暑い六月、歩き疲れるほど移動したけど、楽しかった。もう一度行きたいと思えるくらい。

 夜は同室の男子で集まって、好きな女子の名前を暴露し合ったりもした。

 翌日はその子の顔がまともに見られなかったほど、緊張していたのを覚えている。


 でも——思い出の中に女子との交流は、ほんのわずかしかない。


 旅行から帰ると、カップルがポツポツ誕生しはじめた。

 アツシからは「帰ってきたら付き合い出すやつがいるって、あるあるなんだよ」なんて言われたけど、本当にそんな流れがあって、タイチは完全に置いてけぼりだった。


 そしてそのアツシも、(はやし)セツコと付き合いはじめた。


 アツシは特に運動部に入ってるわけでもなく、背もそこまで高くない。

 成績だってタイチと同レベル。

 なのに、なぜかモテた。

 理由は簡単だった。見た目に気を使い、しゃべりがとにかく面白かったのだ。


「今はトークができる男がモテる時代なんだよ」


 そう言ってアツシは、セツコと付き合い始めたことを嬉しそうに語っていた。


 ……ただし、夏休み中に三度別れて三度よりを戻すという、不安定極まりない関係らしい。

 今は「冷戦中」だと、本人は笑って言う。


「ラストチャンスって、受験終わってからでもいいだろ?」


 タイチはぼそりと言った。

 “ラスト”なんて言われると気が重くなる。

 チャンスはいつだって、先延ばししたくなるものだ。


「受験終わってから? 卒業式に告白でもすんの?」


 呆れたように言われて、タイチは頷いた。


 定番中の定番。昔からある“卒業式告白”ってやつだ。

 ストレートすぎるけど、あの雰囲気が背中を押してくれるなら、自分だって告白くらい一つや二つはできる気がする。……たぶん。


 二人に告白するわけじゃないけど。


「お前さ、卒業式の日に呼び出して、『私も前から射場君のことが好きでした』とか言ってもらえるとでも思ってんの? ドリーミィすぎんだろ」


 ドリーミィって何だよ、と一瞬思ったが、頷いてしまった。


「んなぁこたぁない!」


 サングラスのおじさんの真似だろうか。昼のバラエティ番組で見たような気がする。

 ツッコミを待っていたアツシだったが、タイチはスルーを決め込んだ。

 間を持て余した彼は、小さく咳払いをして話題を戻す。


「お前さ、イケメンでもないのに、いきなりコクって即OKもらえると思ってんのか? イケてるメンズかよ!?」


 さっきスルーされた腹いせのように声を張るアツシ。


 タイチは苦笑した。

 自分がイケメンじゃないのはわかってる。一人なのに“メンズ”と複数形で言われるのは余計だが、反論する言葉が見つからない。


「ただでさえ女子との会話ゼロなのに、突然告白されて、女子が『え? 誰?』ってならないと思ってんのか?」


 また痛いところを突かれて、タイチは思わず胸に手を当てた。


 心臓の鼓動がまだ感じられる。

 少しだけ——ホッとした。

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