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「ちょっと、何の話?」
「映画の話だよ。二年前に夜中にやってて、クラスのヤツも結構観てたけど……お前は観てなかったの?」
「私、映画ってアクションしか観ないから」
だろうな、と上牧は納得したように頷いた。
宇野の言う“アクション映画”は、きっとテレビで放映されるド派手な王道ばかりなのだろう。
これまで映画館デートもなかったし、映画の趣味が合った試しもない。
「さっき音楽を聴いて思い出したんだよ。そういや、あの台本読んで『どこかで見たことある話だ』って思ったんだ」
パラッと流し読みしただけだったから、そのときは気づかなかった。
「最後が違うんだな。それも、さっきようやく気づいた」
トラウマになりそうだった、あの長男の自殺シーン──誰のためのものかも分からない、静かすぎる最期の場面は、台本には無かった。
「上牧君が『時と砂』を知ってるのはよくわかったけど、だからこその意見ってないの?」
クミの問いに、上牧は少し唸ってから、首を縦に振った。
「うん、だからこそ、特にないかな。もう出来上がってるじゃん。口出すことは何もないよ」
「私はよくわかんないから、意見な〜し」
宇野が片手を挙げてそう言うと、上牧が苦笑してその手をそっと下ろした。
「お世辞抜きでさ、曲と雰囲気がよく合ってると思うよ。音楽聴いて、思い出しちまったもん、あのトラウマ映画」
そう言いながら上牧は肩をすくめた。
あのシーンがふっと頭をかすめた。
できれば思い出したくなかった場面だ。
今見返しても、きっと変わらずショッキングなはずだ。
「トラウマ映画か〜。私も観てみようかな、それ」
「無理無理。お前には合ってないよ」
「何よそれっ」と宇野が頬を膨らませて上牧の肩を小突く。
「痛ってぇな」と言いつつ、上牧は素直に笑っていた。
そんなやり取りを見ながら、タイチはなんとなく胸がざわついた。
──こういうのが、恋人同士ってやつなのかな。
いつか自分も、クミとあんなふうに冗談を言い合えるようになるんだろうか。
「それじゃ、打ち合わせにならないよ」
「異論無しってことでいいだろ?」
上牧の一言に、クミがバンッと机を叩いた。
その音に、周囲の生徒たちが一斉に振り返る。
「私は、ちゃんと四人で打ち合わせしたいの!」
「高塚、落ち着けって……」
立ち上がりかけたクミの肩に、タイチがそっと手を添えて制する。
さっきの合同会議でまだ昂ぶっていたのか、クミは顔を赤くしたまま目を逸らした。
「ちゃんと、皆で作ろうよ」
「だからさ。もう決まってるんだって。俺たちは今ので賛成。変えるつもりも、変えたいとも思わない」
上牧は静かにそう言って、教室を軽く見渡しながら手をひらひら振った。
その仕草に釣られるように、周囲の生徒たちも再び自分の作業に戻っていった。
「無理に意見を出し合って、無理にまとめて。それが“皆で作る”ってことじゃないだろ?」
「……カスミも、それでいいの?」
クミが宇野を見つめながら尋ねる。
その視線に気圧されたのか、宇野は一瞬戸惑い、目を逸らした。
「わ、私は……その、ワ、ワタルと同じ意見……です」
「ホントに?」
クミの追い打ちに、宇野は思わず小さく身をすくめた。
「き、聴いてておかしいなって思ったとこは無かったよ。なんか、ドラマとかで聞く音楽だと思ったし……」
宇野の言葉に、クミは小さく息を吐いた。
「そっか……ありがとう。じゃあ、今できてるもので決まり、だね」
その瞬間、チャイムが鳴った。
全校一斉下校の時間だ。
「じゃあね」とだけ言い残して、クミはカバンを持って足早に教室を後にした。
その背中は、どこか寂しげで。
タイチはすぐに立ち上がり、追いかけようとする。
だが、手首を掴まれて足が止まった。
「何だよ?」
「高塚って、いつもあんな感じなの?」
「“あんな感じ”って?」
問い返すタイチに、上牧は少し困ったように首をかしげた。
「……俺さ、高塚に嫌われてる?」
「それは……違うと思うよ」
タイチがそう答えると、上牧はふっと手を離した。
「でも、俺って打ち合わせにも来てなかったし、さっきも怒鳴ってたし……」
「そういうんじゃないんだ、高塚は」
「“そういうんじゃない”って?」
「上牧のこととか、好きとか嫌いとかじゃなくて、高塚は“皆で作る”ってことに真剣なんだよ」
タイチの言葉に、上牧は「そっか」と小さく呟いた。
「この文化祭が、中学最後の行事だから」
「最後、か……そう言えば、そうだな」
教室の外では、下校する生徒たちの足音が少しずつ遠ざかっていく。
あと半年もすれば、この光景ももう見られなくなる。
タイチも、上牧も、宇野も、そしてクミも。
きっと皆、違う進路に進み、離れ離れになるのだろう。
黙り込む上牧の横を通り過ぎて、タイチは再び歩き出した。
クミの背中を追って。




