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十月になり、空気はようやく秋らしく冷えはじめた。
夏の余韻を引きずった九月が過ぎ、制服もすっかり衣替えの季節だ。
タイチも、夏用の半袖カッターシャツから長袖へと変えた。
クミはというと、肌寒さからか学校指定の青いウィンドブレイカーを常に羽織っている。
それが妙に似合っていて、タイチはつい見とれてしまう。
「それ、毎年言ってるぞ」
アツシにそう茶化されて、タイチは気恥ずかしく笑った。
その日、三階にある演劇部の部室から、一階の三年四組の教室へと戻る途中だった。
「あ〜、危なかった。マジで改変されるとこだったな」
「ほんと、それ。女装はないよね」
「絶対ない」
クミとタイチが口を揃えてぼやく。
後ろを歩いていた宇野と上牧が、くすっと笑った。
——放課後。
舞台進行に合わせた初めての全体打ち合わせが、演劇部の部室で行われた。
演劇部は空き教室を二つ使用しており、片方は道具置き場も兼ねた部室。
打ち合わせはその教室で行われた。
そこには、舞台に使う古びた小道具が積まれ、どこか文化祭前のざわつきを孕んでいた。
役者をまとめるのは二組の里丘セン。
演劇部の部長でもあり、打ち合わせの司会進行も自然と彼女が担っていた。
参加者は、里丘を含む役者陣、脚本係、音響係のタイチとクミ、そして見守り役として担任の総持先生。
文化祭準備は生徒主体という方針もあり、総持は部屋の隅に腰かけ、黒いジャージ姿で眠たそうな顔をしていた。
打ち合わせの前半は段取り確認に費やされ、後半でようやくタイチたちが選曲した音源が披露された。
再生を終えると、しばし沈黙が流れた。
「うん、問題ないんじゃない」
里丘が率直に感想を述べ、タイチのほうを見た。
学校指定の赤いジャージ姿がよく似合う、ショートカットの女子生徒。
背は列で言えば真ん中の方なのだが、部長という事もあってか自信に満ちた姿勢は本来の背格好より彼女を大きく見せた。
他の役者たちも頷いたが、何となく反応が薄い。
心の底から納得しているというより、関心が薄いだけのようにタイチには思えた。
それでも、自分たちが時間をかけて選んだ曲がすんなり通るのは、少し誇らしくもあった。
そのまま打ち合わせが終わりかけたその時、脚本係の一人、安井が手を挙げた。
タイチにはあまり覚えの無い生徒だった。
四組の男子生徒だ。
背格好がタイチに似ている。
タイチと同じぐらいの身長の生徒は学年だけでも数人いるが、どうも不思議な近親感を感じた。
「ちょっと、脚本のことで意見があって」
安井は隣の生徒から台本を無造作に取り上げる。
取りあげられた生徒からの苦情に耳を傾ける事なく安井は、その台本を里丘に渡す。
「最後の部分、変更案があるんだ。俺は反対だったけど、多数決で決まった」
里丘が眉をひそめながらページをめくると、目を丸くした。
「女装……?」
その言葉にクミが立ち上がり、里丘の手元をのぞき込む。
里丘はそんなクミに驚いたが、近くに来たクミに台本を渡した。
「何これ、ふざけすぎ!」
台本を見たクミの声が、教室に響いた。
「脚本係の多数決だよ。俺は止めたんだけど」
安井は肩をすくめて席に戻った。
隣に座っている生徒を少し睨んで、少し笑った。
きっと安井だけがこの改変を反対して、負けたのだろう。
タイチには、安井が同じ脚本係の生徒を敵視しているように見えた。
きっとアイツは孤立している。
なんでだろう。
あいつ、ちょっと……可哀想だな。
そんな風に、思った。




