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「謝れば?」
「……やっぱ、そうなるよなぁ」
アツシは天井を見上げて、ゆっくりとため息をついた。
いつもなら「そう思う?」とタイチに同意を求めるくせに、今日は違った。
「いつも俺から折れてる気がしてさ」
タイチは頷いた。たしかに、何度もアツシが先に謝っていた。
口では威張ってても、実際は完全に尻に敷かれてる。
「二週間も話してないと、正直わかんなくなるんだよな」
「何が?」
「俺、アイツのこと本当に好きなのかなって」
「……好きじゃないの?」
「だから、わかんねぇんだって」
その感覚がタイチには今ひとつピンと来なかった。
好きだから付き合ったんじゃないのか。
好きじゃなくなったから距離を置いてるんじゃないのか。
「そんな単純な話じゃねぇんだよ」
「単純だと思うけどな。アツシが勝手に複雑にしてるだけだろ」
「お前が恋愛語るなよ」
「恋愛中だし、語る権利あるだろ」
タイチが胸を張って言うと、アツシは一瞬呆れて、それから笑い出した。
「片想いのくせに、よく言うよ」
「片想いだって立派な恋愛だ」
タイチはさらに胸を張る。
アツシは吹き出し、タイチもつられて笑ってしまった。
「何だよ、笑うなよ」
「無理言うなよ。こっちも笑い堪えてたわ」
「アツシのせいだろ」
二人で笑い合いながら、いつの間にか話の流れがどこかへ消えていた。
「……なんの話してたっけ、俺ら」
「アツシの話だよ。林とどうするのかって」
「あー、そうだったな」
「で、どうすんの?」
「どうしようかなー……」
アツシは本気で思い出そうとしているようだった。
タイチはもう、それ以上詮索するのをやめた。
まだわからないことだらけの感情。
単純に「好き」「嫌い」で割り切れたら、どんなに楽だろう。
でも、割り切れないからこそ——それが「恋」ってやつなのかもしれない。
「たく、もういいよ。俺は帰る」
タイチは下駄箱から運動靴を取り出し、汚れ具合に眉をひそめた。
洗濯当番になったばかりだ。今後は自分でちゃんと洗わなきゃな、と思いながら履き替える。
「あー、タイチ!」
「何だよ?」
「今日も遊べねぇの?」
アツシはコントローラーを握る真似をしてみせた。
なかなか心を揺さぶるジェスチャーだったが、タイチは首を横に振る。
「悪い、洗濯当番なんだよ」
「洗濯?」
「洗濯担当大臣ってやつ」
「何だよそれ。バカかお前」
タイチも自分で言っていて「何だそれ」と思ったが、責任の重さは本物だった。
任務放棄すれば、姉のアキにどれほど怒鳴られるか想像もしたくない。
「もういい、帰れ帰れ」
「言われなくても帰るよ」
そう言って歩き出すと、ふと振り返ったタイチの目に、正門へ向かうアツシの背中が映った。
ふてくされているのが、背中からも伝わる。
「アツシ」
足を止めたが、アツシは振り向かない。
「何だよ?」
「土日は、遊ぼうな」
その言葉に、アツシは無言で手をひらひらと振ってみせた。
タイチはその背中に笑みを浮かべた。
まったく、寂しがりの親友を持ったもんだ。
「洗剤はこっち、柔軟剤はこっちね」
帰宅後、タイチはすぐに洗濯に取りかかった。
姉のアキが、洗濯機の前で指導モードに入っている。
「たまに柔軟剤入り洗剤があるから、そういうときは柔軟剤は入れないこと」
「はい、監督」
一通り教わり、設定を済ませてスイッチを押すと、タイチは部屋に戻った。
洗濯が終わるまでは時間がある。その間、ふと思い出して鞄からCDを取り出す。
クミが「知ってる」と言っていた映画のサントラだ。
プレーヤーにセットして、音が流れ出す。
懐かしい旋律が、部屋に広がる。
タイチは目を閉じる。かつて観た映画の場面が浮かび、自然とクミとのやりとりも蘇る。
このところの日々が、映画とクミに満たされていることに気づいた。
それはとても不思議で、とても——嬉しいことだった。




