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黒と白と階段  作者: 清泪(せいな)
時と砂と新聞

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10/52

「謝れば?」

「……やっぱ、そうなるよなぁ」


 アツシは天井を見上げて、ゆっくりとため息をついた。

 いつもなら「そう思う?」とタイチに同意を求めるくせに、今日は違った。


「いつも俺から折れてる気がしてさ」


 タイチは頷いた。たしかに、何度もアツシが先に謝っていた。

 口では威張ってても、実際は完全に尻に敷かれてる。


「二週間も話してないと、正直わかんなくなるんだよな」

「何が?」

「俺、アイツのこと本当に好きなのかなって」

「……好きじゃないの?」

「だから、わかんねぇんだって」


 その感覚がタイチには今ひとつピンと来なかった。

 好きだから付き合ったんじゃないのか。

 好きじゃなくなったから距離を置いてるんじゃないのか。


「そんな単純な話じゃねぇんだよ」

「単純だと思うけどな。アツシが勝手に複雑にしてるだけだろ」

「お前が恋愛語るなよ」

「恋愛中だし、語る権利あるだろ」


 タイチが胸を張って言うと、アツシは一瞬呆れて、それから笑い出した。


「片想いのくせに、よく言うよ」

「片想いだって立派な恋愛だ」


 タイチはさらに胸を張る。

 アツシは吹き出し、タイチもつられて笑ってしまった。


「何だよ、笑うなよ」

「無理言うなよ。こっちも笑い堪えてたわ」

「アツシのせいだろ」


 二人で笑い合いながら、いつの間にか話の流れがどこかへ消えていた。


「……なんの話してたっけ、俺ら」

「アツシの話だよ。林とどうするのかって」

「あー、そうだったな」

「で、どうすんの?」

「どうしようかなー……」


 アツシは本気で思い出そうとしているようだった。

 タイチはもう、それ以上詮索するのをやめた。

 まだわからないことだらけの感情。

 単純に「好き」「嫌い」で割り切れたら、どんなに楽だろう。


 でも、割り切れないからこそ——それが「恋」ってやつなのかもしれない。


「たく、もういいよ。俺は帰る」


 タイチは下駄箱から運動靴を取り出し、汚れ具合に眉をひそめた。

 洗濯当番になったばかりだ。今後は自分でちゃんと洗わなきゃな、と思いながら履き替える。


「あー、タイチ!」

「何だよ?」

「今日も遊べねぇの?」


 アツシはコントローラーを握る真似をしてみせた。

 なかなか心を揺さぶるジェスチャーだったが、タイチは首を横に振る。


「悪い、洗濯当番なんだよ」

「洗濯?」

「洗濯担当大臣ってやつ」

「何だよそれ。バカかお前」


 タイチも自分で言っていて「何だそれ」と思ったが、責任の重さは本物だった。

 任務放棄すれば、姉のアキにどれほど怒鳴られるか想像もしたくない。


「もういい、帰れ帰れ」

「言われなくても帰るよ」


 そう言って歩き出すと、ふと振り返ったタイチの目に、正門へ向かうアツシの背中が映った。

 ふてくされているのが、背中からも伝わる。


「アツシ」


 足を止めたが、アツシは振り向かない。


「何だよ?」

「土日は、遊ぼうな」


 その言葉に、アツシは無言で手をひらひらと振ってみせた。

 タイチはその背中に笑みを浮かべた。


 まったく、寂しがりの親友を持ったもんだ。


 


「洗剤はこっち、柔軟剤はこっちね」


 帰宅後、タイチはすぐに洗濯に取りかかった。

 姉のアキが、洗濯機の前で指導モードに入っている。


「たまに柔軟剤入り洗剤があるから、そういうときは柔軟剤は入れないこと」

「はい、監督」


 一通り教わり、設定を済ませてスイッチを押すと、タイチは部屋に戻った。

 洗濯が終わるまでは時間がある。その間、ふと思い出して鞄からCDを取り出す。


 クミが「知ってる」と言っていた映画のサントラだ。


 プレーヤーにセットして、音が流れ出す。


 懐かしい旋律が、部屋に広がる。

 タイチは目を閉じる。かつて観た映画の場面が浮かび、自然とクミとのやりとりも蘇る。


 このところの日々が、映画とクミに満たされていることに気づいた。

 それはとても不思議で、とても——嬉しいことだった。

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