①
「ねぇ、おばはん」
「おい待てい。私はまだ三十前半だぞ? まだ現役ですわよ、おほほ」
「メリッサってさ、ちょっと前に? 独りで引っ越してきたけど、なんでなの?」
「……私のボケを無視、と。それに呼び捨てにもするなって─────何度言ったら」
目の前で私をおちょくっている黒髪の少年。その名は『ケロット』。……この辺境の地に佇む村【デトロイド】の村長、その一人息子だ。
今日はいつも通り家の庭で洗濯物を干していると……彼が現れて、失礼極まりない発言と共にそんな問いが飛んできた。
「ねぇ、教えてよ? 今はこんなになっちゃったメリッサだけど、昔は王都付近の街に住んでたって聞いたよ? ……こんな遠い土地にくるなんて、結婚てワケでもないんだし。どういうことかなって」
「えーと、……あんた。確かまだ六歳だよな?」
「うん、六歳だけど?」
……本当に最近の子供たちの進歩は目覚しい。
三十代前半のメリッサこと私は、それに恐怖すら抱く。
果たして誰がこんな入れ知恵をしたのだろうかと困惑しつつ、所謂……独身女の私は溜息を吐いた。
ついでに頭を指でぽりと掻きつつ。
手が濡れているのが、少々心地悪い。
「その話、えーと。独身だとか、なんだとか。そこら辺の事はどいつに聞いたんだ?」
「誰だっけ。確かね、サイ兄が言ってたんだ。独身のアイツが、こんな辺境の地に飛んでくるのはおかしい。……陰謀があるとすれば、アイツがモテなかった理由に隠されているだろう? なんて事をね」
「なんだアイツぅ……純粋な六歳児になんつー話してんだっ!」
この会話に上がってきたサイ兄とは、その言葉の通りケロットの兄の名である。……アイツは私がこの町に引っ越してきた直後、色々世話になったからまぁいいけども。
独身に関してネタにされるのは、少々ムカつく。
しかもサイ。アイツはまだ十七歳だ。
やーい。お前には大人の恋がどれだけ難しいかなんて分からねーだろぼっけなすがぁ! 子供の分際で何言ってやがるんだ。
そう言いたいが、時代錯誤な台詞だし……それに、そんな事を言う大人って虚しくない? 虚しいよね。
少なくとも、私はそう思う。
洗濯物を干し続けながら、目の前への少年と話を続けた。
「それでね、サイ兄が言ってたんだけど『多分、メリッサは……性格に難があるだけで、顔は普通に良いから。勇者とかに近づけば貰えるんじゃね?』って、言ってたよ」
そのショタさんから繰り出される言葉は、中々に恐ろしい。
思わず、最強の口言葉発射砲と呼ばれていた(自称ね)私でも、ソレには口が開いたまま言葉が詰まるは必然だった。
アイツは本当に、六歳児何を教えてるんだろか……。
「で、実際なんでこんな辺境の地に引っ越してきたの? どうなの? ねぇねぇ、教えてよっ」
「う、ぐぐ……。あまり話したくないんだけれど。なにせ、嫌な思い出ばっかだから」
「ええぇ、教えてっ! お願い、一生のお願い!」
目の前の少年が頭を下げて、懇願する。
まぁ、それなら……しゃーない、か。流石の私でも、子供からのお願いは弱いのだ。これがあのサイ兄が同様な事をしてきたら、きっと塩対応して断っているだろうな。
自分でもそう自覚しつつ、断る事は無理に等しかった。
「あーったよ、分かった分かった。教えてあげるよ、昔の話をな……」
あまり乗り気ではないが、どうやら語るしかないらしい。私の過去、その話を。……なんでこんな辺境の地に来てしまったのか、という奥地を。
◇◇◇
私は昔、シャングリラと呼ばれる比較的発展している街に住んでいた。
過去は冒険者などをやっておりヒーラーとして、仲間の後方支援をメインに頑張っている生娘な人生を送っていたのを覚えている。
恋の話などはなかったが、自分なりに充実していたと思っていたあの頃。
分岐点。ソレは唐突に訪れたのだ。
「やっほ。久しぶり」
「おお、レイナか」
「メリッサも相変わらず元気そうだねっ」
その日。
旧友であったレイナが珍しく、うちに顔を出した。相も変わらず綺麗というしかないロール巻きの黄金の髪、そして黄金の瞳。職業は聖女であり、その職業にあった美貌。
私程度が絡んでいいのか、と思えるほど上品なヤツだった。
だが、彼女は─────。
「私ね、ある人と結婚しようと思うんだ」
「け、結婚……?」
「ええ。この人よ、『勇者ハルヤマ』!」
そして私の家に現れ、レイナの隣にソイツは立った。……紛れもなく、ソイツは『日本人』であり。
コイツの言う通り、最近巷を騒がしている最強勇者だった。
私は頭がおかしくなったかと思ったが、どうやら違う。
それから何かあるのかと彼女に聞いてみたが、どうやら……洞窟でゴブリンに殺されそうになった所を危機一髪で助けてもらったらしい。
それからこの勇者の有能さに気付き、色々と素晴らしい知識を伝授してもらったんだとかなんだとか。
正直、そこら辺の話は……よく聞いていなかった。
なにせコイツが転生してきた勇者と結婚するなんて事を聞いてしまったのだから。
「ま、まじすか」
「でねでねーっ、この人の本当に凄いところは。自分の悪い所を、認められる所かなっ! それで反省して、次に生かすっ! そしてとんでもなく強いの!」
「……あー、大丈夫だぞレイナ。充分、魅力が伝わったから」
「そ、そう?」
今でも覚えている。
その断りを入れた時の、あのレイナの物足りないと言っているような表情を。……本当に毒されていたのだろう。
まぁ私も、結婚するのは羨ましいと思うし。
喜ぶべきことだと思う。
だけど私は知っている。
……日本人がどれだけヤバいのかを。まず、コイツはどうだか知らないが……今までこの世界に現れた日本人の転生勇者なる者たちは様々な文化を残していった。
それが、良いものなら良いのだが─────。
『JAPANESE H〇NTAI』とか意味わからんジャンルや、『競馬』『ボートレース』『ポーカー』といったアチラ側の世界で言う……ギャンブルなるモノが広められてしまったのだ。
そう。滅茶苦茶な悪影響がこの世界にもあったのだ。
そして私は競馬やボートレースが嫌いだ。
なにせ、生娘だった若かりし頃に一度で三ヶ月分の生活費を失った事があるからな。ギャンブルとは恐ろしい。一瞬熱狂して、目先の利益に囚われると気が付けば全財産がなくなっている。
日本人たちが何故、あのギャンブルとやらにハマるのかは理解出来ない。
あんなの無理ゲーだろう。
……っと、話が逸れた。
そう、それでだな。そんな悪影響を及ぼす文化ばかりを伝えてきた日本人転生勇者。その存在を深く知っている私からすると、それは随分と受け入れるのが難しいのだった。
なんでそんな深く知ってると断言出来るのかって?
そりゃあ私の祖父が、日本という場所からやってきた異世界転生な勇者だからだよ。
まあだからと言って、ソレは失言だったと自分でも思っている。
でも私はレイナの思ったより長い彼氏の自慢話を聞いていて、我慢が効かなかったのだ。
だから私は、そんな事を一言ぷつり。
「因みに言っとくけど。結婚相手に転生勇者を選ぶのは地雷じゃない?」
……と。