07 おくりもの
──トナカイザーのまとう紅い炎が夜空を照らすころ。
地上を、建物の屋根伝いに疾駆する黒い影──レイジョーガーもまた、公園の正門前に降り立っていた。
通常サイズ、と言っても身長3メートル近い瘴角獣どもが、赤黒い巨体をひしめかせ、すぐそこまで迫っていた。
幸いなことに、周囲に人通りはない。周囲に漏れ漂う瘴気を感じた無意識の本能が、人々の足を遠ざけているのかもしれない。
「──さてと。それじゃあサンタさんのプレゼント、ありがたく受け取らせていただこうかしら」
異形の群れを前にしても、あくまで不敵な衿沙の黒く尖った指先には、金色のカードが挟まれていた。別れ際にトナカイザーから渡された、「贈物」のカードである。
薄いカードから、凝縮された強い力を感じる。額の紫水晶の分析結果を見るまでもなく、その清廉で温かみある力の正体を、彼女はよく知っていた。
──綺力。
そう、トナカイザーは聖女と同じ綺力を武器としていた。しかも、子供たちの応援を高効率で綺力に変換できるようだ。
トナカイザーが子供の声援を受けて巨大瘴角獣の拘束から脱出したとき、綺力変換に気付いた彼女は、これを最大限に活用すべくイベント広場で一芝居打ったわけだ。
主催していたのが彼女の行きつけの老舗玩具店の店主だったおかげで、思いのほかスムーズに事が運んだ。あとでまた、掘り出し物を探しに行こう。
「綺力なら、やっぱりあれをお願いしようかな」
彼女はカードを頭上に掲げ、想いを込めた。
それは光となって、細長い形状に変化してゆく。
あの日あの空で運命を断ち斬ったレイジョーガー最強の武器、龍殺したる光の巨大剣──
「……は、さすがに無理か……」
その切っ先を天に向け、彼女の手に握られていたのは一振りの、通常サイズの日本刀だった。緩やかに反った刀身に、薄紫の刃紋が美しく波打ち、漆黒の鍔と柄は魔刀玄逸を想起させる。
「でも、これはこれで妖刀っぽくて映えるかも」
もしかして、私のダークヒーロー嗜好が反映されちゃった? などと思いつつ、前方に剣の切っ先を向けると。
「零星魔刀──いざ、参らん!」
落胆どころか嬉々と言い放ち、瘴角獣の群れに切り込んで行く。
駆け抜けざまに斬り付けられた瘴角獣は、傷口から赤黒い魔瘴を噴水のように撒き散らし、次々とその場に倒れていった。
──魔瘴に塗れた刀身を、天より紅き光が照らす。
光の発生源は上空、全身を紅蓮の炎に包むトナカイザーだ。
巨大瘴角獣の掌が、再び彼を握り潰そうと迫っていた。瞬間、身を包む炎は頭部の双角を芯として火勢を増し、翼のように夜空に拡がって、その羽撃で魔の手を押し返していた。
さらに膨れ上がる炎は、紅い翼の双角と、空を踏みしめる逞しい四肢をそなえた、巨大な炎鹿の姿を象っていた。
トナカイザーを胸の中心に据えた聖獣は、月のない夜空を高く高く駆けのぼってゆく。眼下の街はきらきらと、色とりどりの光を放っていた。そこにはきっと、この日を楽しむ人々の笑顔がある。
同じように別の街のどこかでは、冬也の弟もきっと笑っているだろう。
──あの兄弟にも、笑顔を贈り届けよう。
見降ろす真下、ぽっかり穴が開いたようにわだかまる暗闇を、紅い炎で照らすべく、起動帯のレバーを逆回転させる。
『PUNISHMENT』
電子音声と共に曲がれ出す荘厳な調べは、葬送曲か。
「──そして悪い子には、罰を贈ろう!」
『聖煌紅蓮燭』
──炎鹿は紅い光の尾を引いて、直下に向かい駆け墜ちる!
街のどこかで、窓から空を見ていた幼な子が、興奮ぎみに声を上げた。
「まま! となかいさんいたよ! おそら!」
「あら、じゃあうちにも、プレゼント運んでくるかな?」
「くる! となかいさん、がんばえ!」
そんな小さな声のひとつひとつが、さらなる綺力に成る。
激しさを増す炎の軌跡で、夜空にまっすぐ紅い蝋燭を描きながら、交差した両腕を構えたトナカイザーは、待ち受ける巨獣の脳天に激突した。
ズン──と重い衝撃音。まっすぐ股下まで突き抜けた紅と銀の装甲が大地に降り立ち、同時に瘴角獣の巨体が激しい炎に包まれる。
炎をすべて贈り付けてきた彼の両手は、引き換えに、人間ひとり入るほど大きな──そう、サンタクロースのような──白い袋をいくつも掴んでいた。
それらは彼の着地に少し遅れて、優しくふわりと地面に安置される。
「──やるじゃない」
称賛するのは、瘴角獣の群れをすべて斬り伏せながら駆け抜けてきたレイジョーガーの声。彼女は袋の中身が、行方知れずになっていた人たちだと看破していた。
「よし、あとは任せて」
脳天から貫かれ、炎に包まれながらも、巨大瘴角獣はその巨大な片足をもたげていた。足元のトナカイザーたちを踏み潰して、道連れにしようというのだろう。
レイジョーガーは速度を緩めず、跳躍する。その手の零星魔刀の刀身は、たっぷり魔瘴を吸って赤黒く──否、もはや漆黒に染まっている。
「魔瘴をもって魔性を断つ! 名付けて必殺──」
空宙、黒き切っ先を天に向け、彼女は高らかに言い放つ!
「──大・断・罪ッ!」
振り下ろし、返す刀で横薙ぎにした斬跡から、生じた巨大な黒い十字の衝撃刃が、炎の中で巨獣の胸を穿つ。
──その中心は先刻、異世界側から十字葬刻破の紫光の十字架が刻まれていた位置。
重なった十字をなぞって紅蓮の焔は火力を増し、巨体は四方に引き裂かれるかのように、見る見る焼滅していった。
剣を片手に、トナカイザーの傍らに着地するレイジョーガー。
二人のヒーローの肩にはらはらと、舞い落ちる白い灰に混じって──聖夜の空には、粉雪が舞いはじめていた。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、冬也は自室の床に突っ伏していた。兄弟と母親の再会を見届けたあと、どうやって自宅まで帰りついたのか、まったく思い出せない。
もしや、ぜんぶ夢だったのかという疑念を浮かべつつ、起き上がる。
「いででで……」
その瞬間に全身を襲った激痛が、昨夜の激闘を事実だと教えてくれた。痛みにくじけて再び床に転がると、傍らに落ちていたバッテリ切れ寸前のスマホで時刻を確認する。
すでに、午後一時を過ぎていた。
「やば……く……ないか……」
喫茶店はクリスマスパーティ翌日は臨時休業だと叔父が言っていた。
事前にわかっているなら臨時じゃない気がするが、やる気はあるけど物理的に不可能だから臨時なんだよ、とか力説されたので、それ以上つっこむのはやめた。
ついでにLINEを開くと、従妹からの大量の未読がたまっている。その八割が激怒した猫のスタンプ。
イヴの夜にガン無視したことで、とんでもなく機嫌を損ねてしまったらしい。なぜか「年上の女には気をつけろ」などと見当はずれなことも書かれていた。
そこで、見慣れないアイコンが目につく。一瞬、衿沙かとテンションが上がるも別のアカウントだった。首を傾げながら、開いてみると。
やった! クリスマスでとうとうスマホをもらえたよ!
にいちゃんは元気? 久々に会いたいな!
「──!?」
痛みも忘れて上体を起こし、アカウント名のアルファベットを注視する。
「……Winter True……冬真……」
もう十年も会えていない、実の弟の名前だった。
懐かしさと嬉しさと、さすがに十年ぶりにしては軽すぎるノリへの突っ込みと、いっしょくたになって自分でもよくわからない感情が、目の端から温かいひとしずくになって溢れた。
涙を拭った親指で、返事を書こうとスマホの画面に触れる。寸前に切り替わった着信表示に、勢いあまって応答してしまう。
「あっ……」
『……えっ、出るの早っ』
スピーカーから微かに聞こえる驚きの声。──相手は衿沙だった。
「あ、その、ちょうど触ってたとこで」
『あー、あるよね。いま、お邪魔じゃなかった?』
「いえそんなことはぜんぜん!」
『そう、よかった。それでね……今日って、ヒマかな? さすがに疲れてるだろうから、ゆっくり休みたいよね……?』
遠慮がちな問いかけに、冬也の胸は高鳴る。まさか、これは。
「ヒマですぜんぜんヒマです!」
『じゃあ、これから会えないかな……。ちょっと、きみに甘えさせてほしいって言うか……』
甘えさせてほしい。甘えさせて、ほしい? 反芻しても言葉の意味が理解し切れず、むやみに膨らみそうになる妄想を必死で抑えつける。
「あっ会えますっ! ぜんんぜんどこでも行きますっ!」
『ほんと!? うれしい! それじゃあ、例の公園で待ってる。どうやら数匹、とり逃がしちゃった瘴角獣がいるみたいで。きみが手伝ってくれると、すごく心強い!』
──あ、甘えるって、そういう……。
急激にしぼんでいく妄想の横で、彼は自分の使命を思い出していた。そう、今日はまだ12月25日。
「当然です。クリスマスの、守護者ですから」
「やった、ありがとう! お昼は美味しいシャケ弁おごるから!」
ゆっくり立ち上がる。
体の痛みは、いつの間にか薄らいでいた。
『それじゃ、あとでね。あっ、それから!』
彼女は最後に思いだしたように、すこし恥ずかしそうに囁く。
『メリー、クリスマス』
番外編、全7話の読了ありがとうございます。
クリスマス番外編のつもりが、すっかり長引いてしまい……
ともあれ、楽しんでいただけましたら、ブクマ/ご評価いただけますと歓喜いたします!
時期は完全未定ですが、次はエリシャ側のお話を構想中です(本編63話あたりにヒントが……
それでは、まだまだ寒い冬が続きそうですが、みなさまお体に気をつけて……!




