06 レイジョーガーVSトナカイザー
聖夜の星空に放物線を描きながら、冬也は冷静に腰の起動帯のレバーを回していた。
この勢いのまま街なかに突っ込んだら被害を出しかねない。しかし、そうなる前になんとかできるはずだ。なにせ、トナカイは空を駆けるものだから。
「これ……は……」
排出されたカードには、気だるげに寝転んだ睫毛の長いトナカイとVixenの文字。
──くっ、これじゃない気がする!
それはそれで腰横にキープしつつ、もうひと回し。後半に突入した放物線に猶予はない。出現した次のカードを、絵柄もまともに確認せず即発動させる。
『跳越』
引き当てたのは、雲の上まで跳ぶトナカイ──Prancerだった。それは光となって靴装甲に吸い込まれてゆく。
ためしに空中を蹴ると、何もないそこに圧縮された空気の塊でもあるかのような反発力が発生し、体の向きをぐるりと変えた。
──これでやるしかっ!
期待したように自在に空を駆けることはできなくとも、着地点のコントロールぐらいならできそうだ。
首をねじって地上に視線を巡らせた彼は、人通りの多い商店街のなかに、ぽっかり開けた空間を発見する。
そうして、彼は。
「あれって、新しいライダー?」
「いや、ご当地ヒーローだと思う。最近のはレベル高いから」
「なるほど…… すごいよね、急に飛び降りてきたし」
「ワイヤーとか使ってるんじゃない?」
クリスマスイベント開催中の広場の真ん中に、華麗に着地してしまった。
ちょうど演目の合間だったらしい。まばらな客たちの中で、立ち去ろうとしていた母親の手を引きとめてベンチに腰を据えた男の子が、キラキラした瞳を向けてくる。
「あ……」
よりによっての状況に、棒立ちのまま広場を見回す。
他にも数人の子供たちと、かつて子供だっ た大人の一部が、冬の冷たい空気を焦がす熱い視線を送ってきていた。
まるで……そう、まるであのころ手作りのお面の覗き穴から見えた、弟の瞳と同じ輝きを宿して。
彼らの期待に応えたいけれど、公園に戻って衿沙に加勢しなくては。しかしこんな風に大勢から、場の主役として注目された経験のない彼は、頭が真っ白になっていた。
追い打ちをかけるように、周囲がざわつきはじめる。広場の端のほう、蛍光色の運営ジャンパーを着たおじさんが、すごい勢いでスマホに何か話している。
──その時。
「彼の名は、聖獣装煌トナカイザー! クリスマスと子供たちを守る正義のヒーロー!」
公園内に、朗々とナレーションが鳴り響いた。
「そして……とうっ!」
観客たちの頭上を跳び越えて、トナカイザーの真横に三点着地を決めた黒い姿は、言うまでもなく。
「異世界より来たる漆黒の魔人、惡装鋼姫レイジョーガー!」
彼女は悠然と立ち上がり、トナカイザーを「びし」と指さす。
「この私がトナカイザーを倒し! 聖夜を黒く染めあげて! クリスマスを中止にしてあげる!」
そしてスピーカーからは、熱いBGMが流れ出した。数年前に放送されていた特撮作品の戦闘シーンで流れる曲。冬也もサントラを持っていた。
見ると運営のおじさんが、なぜか満足そうにうなずいている。
「さあ覚悟しなさいトナカイザー! 聖夜がきみの命日よ!」
「えっちょっ! ちょっと、待ってください!」
制止の声を聞く耳持たず、薙ぎ払われたレイジョーガーの手刀がトナカイザーの鼻先をかすめる。さらに襲い掛かる前蹴りを、銀の右腕装甲で受け止めつつ、冬也は混乱を深めていた。
衿沙はいったいどういうつもりなのか。瘴角獣はどうしたのか。もしかして、自分が飛ばされたあとに彼女が敗北し、悪堕ちしたとか──!?
「どうした! そんなことじゃ、クリスマスも子供たちも守れはしないぞ!」
鋭い声で糾弾しつつ、彼女は攻め手を緩めない。その一撃一撃にしっかり重さが乗っていて、手加減しているようには思えなかった。防戦一方の冬也は、じわじわと後退ってゆく。
「……がんば……れぇっ……!」
ふと、声が聞こえた気がした。公園で出会った小さな弟の声? 視線を客席のほうに向けると、いつの間にか増えていた観客たちの人だかりの後方に、兄に肩車されたあの子がいた。
それなりの距離があるはずだが、どうやって……という疑問を抱く隙もなく、身を沈めたレイジョーガーの足払いをまともに喰らう。
「くっ……」
「ここまでね! きみも、子供たちの夢も、ここで終わり!」
情けなく尻もちをついた彼を、見下す彼女の異様なほどの貫禄。
もしかして、もともと彼女はヒーローではなく、敵だったのかも知れない。すべては彼女の手の上で、踊らされていたのか?
──それじゃあ、僕がここで負けたら、ほんとうにクリスマスが……子供たちの、夢が……?
だめだ。そんなことはさせない。冬也は──トナカイザーは、立ち上がる。彼は夢を涙から守るため、ヒーローになったのだから。
「がんばれー!」
また、声が聞こえた。
「がんばれー!」「トナカイザーがんばってー!」「まけるなー!」
重なって、いくつも聞こえた。あの子だけじゃなく、広場にいた子供たちも一緒に、彼に声援を送ってくれていた。そのたび彼の胸の奥、炎の温度が上昇する。連動するように、力がみなぎってゆく。
「なん……だと……? なんだ、この力は!」
対峙したレイジョーガーが、後退る。
「まっ、まさか! 子供たちの応援がトナカイザーをパワーアップさせるというのか!? やめろ、やめるんだ子供たち! これ以上、トナカイザーを応援するんじゃない!」
彼女は客席に向けて叫ぶ。しかし当然ながら逆効果、子供たちは大人にやめろと言われるほどやりたくなるものだ。ましてやそれが悪役の言葉なら。
「「「がんばええ! トナカイザー! がんばれえええ!」」」
降り注ぐ子供たちの歓声。腰の起動帯が、黄金の光芒に包まれ輝いていた。冬也は、全身にみなぎる凄まじい力を自覚していた。
力を確かめるように、胸の前にかかげた右手を拳に握る。
「ぐわあああっ!」
瞬間、拳から放たれた不可視の衝撃波が直撃したかのように、レイジョーガーは後方に吹っ飛んで倒れ込んでいた。
「くっ、さすがはトナカイザー! 今日のところは、これで勘弁してやる!」
よろよろと立ち上がった彼女が、客席から見えない位置にある片手の親指を、立てて見せる。それで冬也は理解した。
──これはお芝居だと。
「さあ、聖夜はまだこれから! 行きなさいトナカイザー、世界中の子供たちの夢を守るために!」
「はい! ありがとう、レイジョーガー! ありがとう子供達!」
応える子供たちの歓声が、さらに彼に力をくれた。
いまの自分なら、あの巨大瘴角獣とも戦える気がする。そして、それが衿沙の作戦だった。
『CHOOSE PRESENT』
『EXTRA』
輝く起動帯のレバーを回す。
並ぶ二枚の金のカードに描かれたトナカイは、流星のように空を駆けるComet、そしてもう一枚はトナカイではなく、ラッピングされた箱だけが描かれたGift Box。
『彗星』
黄金の光芒が全身に広がり、足元が地面からふわりと浮かび上がった。さすがに客席がざわつく。「あれ、どうなってるの?」「ワイヤーじゃない?」というやりとりが聞こえた。
「……って、このまま飛んでったらさすがにやばいですかね?」
「いやあ、私はこっちで飛んだことないから、よくわかんないなあ」
小声の問いに、衿沙が小声で返す。
そこで彼はふと思い出し、腰横にキープしていたVixenを取り出すと、頭上に放り投げていた。
『狐幻』
カードから放たれた七色の光が広場を包み込んで、愛らしい仔トナカイたちの幻影が、観客たちの頭上をジングルベルに乗って舞い踊る。
「かわいい……けど、これはどうなってるの?」
「プロジェクションマッピング……かな……たぶん」
見惚れながら呟く観客たち。
やがて踊り終えた仔トナカイたちが、拍手とともに雪の結晶になって霧散したころ、二人のヒーローの姿は既にそこにない。
黄金の光芒の尾を引いて、トナカイザーは月のない夜空を駆ける──翔ける。
向かう公園の中央に、両腕を拘束されもがく巨大瘴角獣の姿が見えた。その太い手首を掴んで、うっすら見え隠れする巨大な光の手は、今にも振り払われてしまいそうだ。
さらに、足元の黒い影からは通常サイズの瘴角獣たちが湧き出して、公園の外に向け進軍を開始している。
広場を後にする直前、衿沙が耳打ちで教えてくれた。あの兄弟は、公園で仕事帰りの母親と待ち合わせしていたのだという。──ちなみに兄弟は彼女に抱きかかえられて広場まで運ばれたらしい。
母親は時間になっても現れず、代わりに瘴角獣に遭遇してしまったというわけだ。おそらく母親も、喰われてしまったのだろう。
今まで喰われた人々は全員、巨大瘴角獣の中に集められているはず。クリスマスのうちに倒せば、彼らを救えることになってると衿沙は言っていた。
──それなら、倒して救う!
目前に迫った巨大瘴角獣は、ついに拘束を振り払った。
夜空に静止して対峙する冬也は、全身にみなぎる力と決意を込めてレバーを回す。
『……行こう、トウヤ……!』
現出するは金色に非ず、紅き光をまとったカード。
描かれるは雄々しく凛と立つトナカイ。
鳴り響く電子音声。
『──煌狼』
トナカイザーの全身は紅き炎に包まれ、煌々と闇夜を照らした。




