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04 その名はトナカイザー

零星(レイジョー)断罪刃(ギロチン)ッ!」


 紫の光刃を宿した手刀で、目の前の瘴角獣(ペリュトン)袈裟(ナナメ)斬りにした衿沙(えりさ)──レイジョーガーが、冬也と子どもたちの方に目を向ける。


 それは、地面から出現した別の瘴角獣(ペリュトン)が、冬也( かれ )を頭から呑み込んだ瞬間だった。


「──はっ!?」


 弟を背負った少年はその真横を通り抜け、公園の外に向けて駆けてゆく。

 それはいい。彼女の誤算は、排除対象(ペリュトン)の複数発生が(想定はしていたものの)予想より早く始まったこと。

 そして、いかに特撮オタ( どうるい )と言えどあくまで一般人である冬也の──まるでどこぞの聖女様を思い出すような──ためらいなき自己犠牲。

 

 呑み込まれた人間は、完全に取り込まれる前にその瘴角獣(ペリュトン)を倒せば救出できる。ゲーム上の設定、すなわち異世界( あちら )の法則上はそうなっている。


 それをどこまで現実(こちら)にも適用できるかは、未知数だけれど。


「いま、助けるから!」


 一匹目の瘴角獣(ペリュトン)は、傷口から赤黒い魔瘴(ましょう)の粒子を噴出しうずくまっている。いったん放置して、冬也を飲み込んだ二匹目の撃破を優先すべきか。

 しかし、木々の合間から続々と追加で出現した瘴角獣(ペリュトン)たちが、彼女の行く手を阻むかのように道を塞いでゆく。


 これまでも何度か、悪性干渉点( マリグナント )として魔物が人間に憑依したり、魔物自体が出現することもあった。しかし、この数の同時発生は異常だ。

 異世界(ゲーム)でも同時進行している「クリスマス」というイベント自体(そのもの)悪性干渉点( マリグナント )と化しているのかも知れない──というのが衿沙の高精度(よくあたる)考察。


 ──シャン、シャン、シャン


 ふと、微かな鈴の音が耳をくすぐる。

 どこからだろうと見回すと、冬也を吞み込んだ瘴角獣(ペリュトン)の口から、烈しく虹色の光が漏れ出していた。

 その全身がぶるぶると震えだした、かと思うと。


 ポン!


 場違いに陽気な音を響かせて、毛むくじゃらの巨体が弾けとび散る。


「な──!?」


 歴戦(さすが)の衿沙も驚愕の声を上げた。彼女に迫っていた瘴角獣(ペリュトン)の群れも、動きを止めてそちらを振り向く。


 四散した巨獣の肉片が粒子化して降り注ぐなか、赤と白銀のメタリックな装置(ユニット)──衿沙の目にはどうしても「変身ベルト」としか思えないそれ(・・)を腰に巻いて、冬也はそこに立っていた。


 シャン、シャン、シャン──明瞭になった鈴の音は、ベルト( それ )から聞こえてくるようだ。


「なに、それ?」


 衿沙が問いかけると、うつむいていた冬也は口元に不敵な笑みを浮かべる。


「──聖鹿起動帯(ディアドライバー)。サンタからの、贈り物(プレゼント)です」


 言って彼は、スマホを手にした右手をまっすぐ前方に突き出す。赤いケースの裏に描かれた龍の顔の、角が左右に大きく広がって、トナカイの紋章(エンブレム)へと変じた。


「それって……」


 変身待機音、という言葉が衿沙の脳内をよぎる。

 しかし、彼女はあらゆる変身ベルトの名前もデザインもサウンドも熟知している。もちろん待機音も。彼の起動帯(ドライバー)は、その知識のなかのどれでもなかった。


「──獣装(じゅうそう)


 膨らむ衿沙の疑問に答えるように、冬也は静かに言い放ち、かかげたスマホを振り下ろして起動帯(ドライバー)に装着していた。


TONA(トナ) KAISER(カイザー)


 電子音声が響き、聖夜に相応しく荘厳(シンフォニック)な曲が鳴り響く。

 足元から渦をなして吹雪が彼の全身を包み込む。紛れて飛び交うのは、起動帯(ドライバー)と同じ色をした小型犬サイズの金属製(メタル)トナカイだ。

 計八体のトナカイ( かれら )は、装甲(アーマー)に変形して冬也の全身を(よろ)ってゆく。


 ──最後に九体目が(ヘルメット)として頭部を覆い、黄金の枝角と額の紅珠(レッド・ノーズ)が輝いて、赤と白銀のシャープな金属装甲(メタルアーマー)をまとうヒーローが降り立った。


「かっ……」


 レイジョーガーの内側で、その姿を凝視していた衿沙は息を呑む。


「かっ……こいいいッ! えっなにそれメタルヒーロー系、っていうかちょっとレスキューポリスっぽさあるんじゃない? すっごい好きなんだけど! 名前はトナカイザーでいいの!?」


 そして早口でまくし立てる。


「はっ!? はい、ええと、そうですトナカイザーです。聖獣(せいじゅう)装煌(そうこう)トナカイザー、ってベルトの箱に書いてありました」


 女性からこんなテンションでかっこいいとか好きとか言われたのは、記憶の限りでは初めての経験だった。

 緑のバイザーの下で目を泳がせつつ、闇の中で包装紙(ラッピング)の下から現れたDX(なりきり)玩具風パッケージに書かれていた名を口にする。


「クリスマスと子供たちの守護者(まもりて)として、いちばん相応しい姿で降臨した聖なるヒーロー、とかそんなことがパッケージ裏に」

「あああ、めっちゃ素敵ねその設定……」


 楽しげに言葉を交わす二人に挟まれた瘴角獣(ペリュトン)の群れが、いつまでもおとなしく会話を聞いているはずもなく。中央からそれぞれに近いヒーローの方へ、進撃を再開していた。


「……で、そのトナカイザーは戦えるの?」

「はい、そのはずです」


 言葉はすこし頼りなかったけれど、声は自信と確信に満ちていた。衿沙のなかに、異世界の仲間(かれら)と肩を並べて戦ったあの瞬間(とき)の高揚感が蘇る。


「それじゃ──仮面舞踏会(マスカレイド)を、はじめましょうか!」

「……かっこいい決め台詞ですね!」

「でしょうとも!」


 そしてレイジョーガーの手刀に再び光刃が灯る。

 対して初陣の冬也──トナカイザーは起動帯(ドライバー)の側面レバーを、ガチャリと小気味よい音とともに回していた。


CHOOSE( チュー ) PRESENT( セン )


 電子音声が響き、装着(セット)されたスマホから白く光るカードが一枚、空中に排出される。描かれているのは疾駆するトナカイの絵とDASHER( ダッシャー )の文字。

 眼前に浮かぶカードの角を指先で(つま)むと、粉々に砕け散って無数の雪の結晶になり、両足に吸い込まれていった。

 

『──瞬脚(ダッシャー)


 続く電子音声、同時に足裏から漏れる白光の軌跡だけ残して、トナカイザーの姿は消えた。白光は瘴角獣(ペリュトン)の合間を縦横無尽に駆けめぐり、次にトナカイザーの姿が現れたのは群れの反対側──レイジョーガーの真横。


「やるじゃない、トナカイザー」


 衿沙が呟いたのに一拍遅れて、白光の軌跡に立っていた瘴角獣(ペリュトン)たちの巨体が次々と、不可視の何か(・・)に打ち上げられたように宙を舞う。


 DASHER( ダッシャ- )DANCER( ダンサー )PRANCER( プランサー )VIXEN(ヴィクセン)COMET( コメット )CIPID(キューピッド)DONDER( ドンダ- )BLITZEN( ブリッツェン )──サンタのソリを引く八匹のトナカイの名だ。

 トナカイザーは、装甲(アーマー)として身に着けた彼らの力を抽選(ランダム)で引き出して使うことができる。


 ──という設定を、冬也は起動帯(ドライバー)の箱裏に添えられた解説文(テキスト)から把握していた。

 足裏の光が消えて瞬脚(ダッシャー)の効果時間が終了したのを確認すると、再び抽選(チューセン)レバーを回す。

 続いて排出されたカードは黄金に輝いていた。描かれているのは光の翼を拡げたトナカイとCUPID(キューピッド)の文字。


『──神弓(キューピッド)


 電子音声と共に散った黄金(レア)カードは、金色の雪の結晶となって左手に集い、翼を拡げるかのように輝く弓を形成する。

 そこから放たれた無数の光の矢が夜空に弧を描いて、宙に舞う瘴角獣(ペリュトン)たちを次々と刺し貫いていった。


「これ、もう私いなくても平気なんじゃ」


 目の前の一匹の額を手刀で貫いて、ようやく倒した衿沙が、苦笑まじりにぼやいた。

 (かたわ)らでは、空中で矢を受けた瘴角獣(ペリュトン)たちが落下し、赤黒い粒子をまき散らしながら地面に溶け込むように消えていく。


 その痕跡に残った黒い沁みが、ひとつの大きな影に繋がって──どくん、と脈動した。

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