01 鹿角 冬也
ちらりひらり、雪が舞いはじめた。
ひとけない夜の公園、街灯からすこし離れたベンチに男女が身を寄せ合っている。数日後に迫った聖夜の予行演習だろうか。
「お、雪だ」
「ほんと! わあ、すてき」
寄せていた顔をゆっくり離して、はらはらと降り始めた雪をながめていた若い女は、ふと、男の肩越しに何かを見つけた。
とたんに目をいっぱい見開き、しっかり着込んで防寒しているはずの全身が、ガタガタと震えだす。
「えっ、どうしたの?」
「うしうししうしろろ」
もつれた舌が、ぎりぎり絞りだす言葉。とにかく、後ろに誰かいるらしい。
困惑しつつ、しがみつく彼女を引きはがし振り向こうとする男の両肩を、背後から二本の腕が力強く掴んだ。
「──ッ!? おい誰だよ!」
驚きつつも凄んで見せる彼だったが、次の瞬間にはその腕──毛むくじゃらの太い腕に軽々と持ち上げられ、ばっくりと開いた巨大な口のなかに、頭から丸呑みにされていた。
「ひッ……」
小さく悲鳴を上げた彼女は、失神してベンチから崩れ落ちる。
街灯の光を背負って、彼女の上に伸びたそいつの大きな影には、枝分かれして伸びる二本の立派な──まるでトナカイのような、角があった。
◇ ◇ ◇
「ねえ、きみ」
遠くから、女性の声が聞こえた。自分の周りにはいない、凛として芯のある声だ。そもそも近しい女性なんて、親族以外では限られているけれど。
「生きてる? 死んでるなら燃やすけど、いいのかな」
──いっ!?
「いっ! 生きてますいきてますっ!」
「なんだ、元気そうじゃない」
慌てて上体をはね起こした彼──鹿角 冬也の目の前には、パンツスーツにショートカットのスタイリッシュな女性がしゃがみこんで、こちらの顔を覗き込んでいた。
今年の春に大学生になった冬也よりいくらか年上の、きっと社会人だろう。美しい弧を描く眉の下から、強い意思の宿った瞳が凛々しく見詰めてくる。
──というか、距離が近い。
冷たい空気に混じってほんのりと、品のある紅茶のような芳い香りがした。
顔はまあまあだけど、とにかく頼りないし、頼りがいもないよね──などと中学生の従妹から評される彼に、女性への免疫の持ち合わせはない。
まんまと鼓動が早まり、顔が赤くなった。そのことを意識するほど、ますます赤くなってしまう。
「この公園で、気を失った女性が見つかってね。彼女が言うには、毛むくじゃらの大きな怪物に襲われて、一緒にいた男の人が食べられちゃったらしいんだけど……何か見たりしてない?」
そんな冬也の様子にはおかまいなしで、彼女はすらすらと状況を説明してきた。
なんとなく、いましがたそんな夢を見たような気がするけれど、思い出そうとすると眩暈がした。振り払うように頭を左右に振る。
生まれつき茶色がかって少しクセっ毛の髪から、雪がはらりと落ちる。
「怪物ですか……。というか俺、なんでこんなとこで寝てたのか……」
そもそもなぜ自分が公園の地べたで目を覚ましたのか、まずその理由を知りたかった。
彼は叔父の経営する喫茶店に、住み込みのアルバイトという形で居候している。
閉店後の片付けと明日の仕込みを終え、今日は楽しようと近所の牛丼屋に晩飯を求め出かけた。そこまでは、しっかり覚えていた。
けれどそこから今いる場所、明らかに店の近所ではない公園までの記憶が、まったく繋がらない。
「大丈夫? ……ま、彼女けっこうお酒が入ってたみたいだから、どこまで本気にしていいかわからないんだけどね。ただ、相手の男性はたしかに音信不通みたいなの」
彼女は冬也の顔を覗き込んだまま、首をくいっと傾げながら続けた。
「──それって、きみじゃないよね?」
「えっ? ちっちちがいます、そういう相手いませんから俺!」
急に水を向けられ、慌てて否定する。
「うんまあ、それはリアクションでだいたいわかってたけどね」
「ええ…… じゃあ、なにが」
「そうだねー。ペリュトン、とか」
「ペリュ……なんです……?」
耳慣れない単語に、こちらも思わず首を傾げてしまった。すると彼女はふわりと柔らかな微笑を浮かべ、ゆっくり立ち上がる。
「あ、わたし警察とかそういうのじゃないから。なんていうか、不思議なお話を追いかけるのが趣味なの。ここ数日、これと似たような話が何件かあってね」
言いながら、彼女は冬也の目の前に片手を差し出す。握手だろうか、と戸惑いながらおずおず差し出した彼の右手を、彼女はぐいと握って引っぱって、立ち上がらせてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「平気? 歩けそう?」
「ぜんぜん、だいじょうぶです!」
なんだか申し訳なく慌てて引っ込めた手には、温かさと柔らかさと力強さの感触が、ほんのり残っている。
「それでね、何か思い出したら教えてほしいから、よければLINEとか交換してもらえないかな?」
「はい? えっ……は、はい! もちろんです!」
よくよく考えると「もちろんです」はおかしいのだが、こんな魅力的な大人の異性と連絡先を交換できるということに、彼はすっかり舞い上がっていた。焦りながらもジーンズの尻ポケットからスマホをとりだす。
「って、ちょっと待ってそれ」
そのスマホケースを見た彼女の、目の色が変わった。同時に冬也は「しまった」と内心で頭を抱える。
裏側に金色の龍の顔のエンブレムが付いた真っ赤なそれは、二十年ほど前にテレビ放映された特撮作品の、主人公が使う変身アイテムを意匠したものだ。
大学では特撮オタクとしての身を潜めているので、もっと普通の地味なものを使っているのだが、冬休みに突入したテンションで換装したのをすっかり忘れていた。
「あ、これはその」
もにょもにょ口ごもる彼の眼前に彼女は、ずいっと自分のスマホを差し出す。
そのケースは色こそ真っ黒だが、龍のエンブレムは冬也のそれとまったく同じデザイン。
──主人公と相反する影の敵役の、変身アイテムだった。
番外編、お読みいただきありがとうございます。
舞台は現代日本(ジャンル的にはローファンタジー?)
新キャラ「鹿角 冬也」メインの三人称でお送りします。
謎の怪物、謎(?)のおねえさん、謎だらけではじまりましたが、レイジョーガーらしい燃えとアクションをきっちりお届けしますので、どうぞお付き合いくださいませ!




