表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒き魔鎧のエリシャ ~悪役令嬢、鋼の魔拳で天を撃つ~  作者: クサバノカゲ
特別篇 聖獣装煌トナカイザー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/71

01 鹿角 冬也

 ちらりひらり、雪が舞いはじめた。


 ひとけない夜の公園、街灯からすこし離れたベンチに男女が身を寄せ合っている。数日後に迫った聖夜の予行演習(リハーサル)だろうか。


「お、雪だ」

「ほんと! わあ、すてき」


 寄せていた顔をゆっくり離して、はらはらと降り始めた雪をながめていた若い女は、ふと、男の肩越しに何か(・・)を見つけた。

 とたんに目をいっぱい見開き、しっかり着込んで防寒しているはずの全身が、ガタガタと震えだす。


「えっ、どうしたの?」

「うしうししうしろろ」


 もつれた舌が、ぎりぎり絞りだす言葉。とにかく、後ろに誰かいるらしい。

 困惑しつつ、しがみつく彼女を引きはがし振り向こうとする男の両肩を、背後から二本の腕が力強く掴んだ。


「──ッ!? おい誰だよ!」


 驚きつつも凄んで見せる彼だったが、次の瞬間にはその腕──毛むくじゃらの太い腕に軽々と持ち上げられ、ばっくりと開いた巨大な口のなかに、頭から丸呑み(・・・)にされていた。


「ひッ……」


 小さく悲鳴を上げた彼女は、失神してベンチから崩れ落ちる。

 街灯の光を背負って、彼女の上に伸びたそいつ(・・・)の大きな影には、枝分かれして伸びる二本の立派な──まるでトナカイのような、角があった。



◇ ◇ ◇



「ねえ、きみ」


 遠くから、女性の声が聞こえた。自分の周りにはいない、凛として芯のある声だ。そもそも近しい女性なんて、親族以外では限られているけれど。


「生きてる? 死んでるなら燃やすけど、いいのかな」


 ──いっ!?


「いっ! 生きてますいきてますっ!」

「なんだ、元気そうじゃない」


 慌てて上体をはね起こした彼──鹿角(かづの) 冬也(とうや)の目の前には、パンツスーツにショートカットのスタイリッシュな女性がしゃがみこんで、こちらの顔を覗き込んでいた。

 今年の春に大学生になった冬也よりいくらか年上の、きっと社会人だろう。美しい弧を描く眉の下から、強い意思の宿った瞳が凛々しく見詰めてくる。


 ──というか、距離が近い。


 冷たい空気に混じってほんのりと、品のある紅茶のような()い香りがした。


 顔はまあまあだけど、とにかく頼りないし、頼りがいもないよね──などと中学生の従妹から評される彼に、女性への免疫の持ち合わせはない。

 まんまと鼓動が早まり、顔が赤くなった。そのことを意識するほど、ますます赤くなってしまう。


「この公園(ちかく)で、気を失った女性が見つかってね。彼女が言うには、毛むくじゃらの大きな怪物に襲われて、一緒にいた男の人が食べられちゃったらしいんだけど……何か見たりしてない?」


 そんな冬也の様子にはおかまいなしで、彼女はすらすらと状況を説明してきた。

 なんとなく、いましがたそんな夢を見たような気がするけれど、思い出そうとすると眩暈がした。振り払うように頭を左右に振る。

 生まれつき茶色がかって少しクセっ毛の髪から、雪がはらりと落ちる。


「怪物ですか……。というか俺、なんでこんなとこで寝てたのか……」


 そもそもなぜ自分が公園の地べたで目を覚ましたのか、まずその理由(ワケ)を知りたかった。

 彼は叔父の経営する喫茶店に、住み込みのアルバイトという形で居候している。

 閉店後の片付けと明日の仕込みを終え、今日は楽しようと近所の牛丼屋に晩飯を求め出かけた。そこまでは、しっかり覚えていた。


 けれどそこから今いる場所、明らかに店の近所ではない公園までの記憶が、まったく繋がらない。


「大丈夫? ……ま、彼女(そのこ)けっこうお酒が入ってたみたいだから、どこまで本気にしていいかわからないんだけどね。ただ、相手の男性はたしかに音信不通みたいなの」


 彼女は冬也の顔を覗き込んだまま、首をくいっと傾げながら続けた。


「──それって、きみじゃないよね?」

「えっ? ちっちちがいます、そういう相手(ひと)いませんから俺!」


 急に水を向けられ、慌てて否定する。


「うんまあ、それはリアクションでだいたいわかってたけどね」

「ええ…… じゃあ、なにが」

「そうだねー。ペリュトン、とか」

「ペリュ……なんです……?」


 耳慣れない単語に、こちらも思わず首を傾げてしまった。すると彼女はふわりと柔らかな微笑を浮かべ、ゆっくり立ち上がる。


「あ、わたし警察とかそういうのじゃないから。なんていうか、不思議なお話を追いかけるのが趣味なの。ここ数日、これ(・・)と似たような話が何件(いくつ)かあってね」


 言いながら、彼女は冬也の目の前に片手を差し出す。握手だろうか、と戸惑いながらおずおず差し出した彼の右手を、彼女はぐいと握って引っぱって、立ち上がらせてくれた。


「あっ、ありがとうございます」

「平気? 歩けそう?」

「ぜんぜん、だいじょうぶです!」


 なんだか申し訳なく慌てて引っ込めた手には、温かさと柔らかさと力強さの感触が、ほんのり残っている。 


「それでね、何か思い出したら教えてほしいから、よければLINEとか交換してもらえないかな?」

「はい? えっ……は、はい! もちろんです!」


 よくよく考えると「もちろんです」はおかしいのだが、こんな魅力的な大人の異性と連絡先を交換できるということに、彼はすっかり舞い上がっていた。焦りながらもジーンズの尻ポケットからスマホをとりだす。


「って、ちょっと待ってそれ」


 そのスマホケースを見た彼女の、目の色が変わった。同時に冬也は「しまった」と内心で頭を抱える。

 裏側に金色の龍の顔のエンブレムが付いた真っ赤なそれは、二十年ほど前にテレビ放映された特撮作品の、主人公(ヒーロー)が使う変身アイテムを意匠(デザイン)したものだ。


 大学では特撮オタクとしての身を潜めているので、もっと普通の地味なものを使っているのだが、冬休みに突入したテンションで換装したのをすっかり忘れていた。


「あ、これはその」


 もにょもにょ口ごもる彼の眼前に彼女は、ずいっと自分のスマホを差し出す。

 そのケースは色こそ真っ黒だが、龍のエンブレムは冬也のそれとまったく同じデザイン。


 ──主人公(ヒーロー)と相反する影の敵役(ダークヒーロー)の、変身アイテムだった。

番外編、お読みいただきありがとうございます。

舞台は現代日本(ジャンル的にはローファンタジー?)

新キャラ「鹿角 冬也」メインの三人称でお送りします。


謎の怪物、謎(?)のおねえさん、謎だらけではじまりましたが、レイジョーガーらしい燃えとアクションをきっちりお届けしますので、どうぞお付き合いくださいませ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ