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黒き魔鎧のエリシャ ~悪役令嬢、鋼の魔拳で天を撃つ~  作者: クサバノカゲ
〔Ⅳ〕劇嬢版 完結篇

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64 断罪魔嬢レイジョーガー【後篇】

「いらっしゃいませ。倉城(くらき)様ですね」

「……はい」


 扉を開けるとすぐ、プロレスラーじみた巨漢の黒服が店の奥へといざなう。


「お連れ様がお待ちです」


 頭二つぶん高くから見下す冷たい目線を、余裕の微笑で受け流し、その広すぎる背を追って店の奥へと歩を進めた。

 狭い通路には、甘ったるい芳香と煙草の匂いが混じりあい充満している。その先、薄暗い照明に照らされた広い店内には、いくつかのボックス席とバーカウンターが現れた。


「こちらです。──それでは、ごゆっくり」


 案内されたのはフロアの中央、椅子もテーブルもなく不自然に──舞台(ステージ)のように空けられたスペースの、さらに真ん中だった。

 そこからゆっくり周囲を見渡す。確かに「隠れ家的なお店」には違いないが、ここはお酒と共に着飾った女性たちが接客する、会員制の高級ラウンジ的なそれじゃないかな。


 ただし今は、数人の男たちがまばらに席についているだけだった。女性は中央に立つ私と、フロアの正面奥に玉座みたいに据えられた大きなソファから、眼鏡(レンズ)ごしにすがる涙目(しせん)を向けてくる詩織のみ。


 そして詩織(かのじょ)の隣では、尊大さが歳月で刻み込まれたような顔──あの(セクハラ)上司が、グラスを片手に、当時(あのころ)より仕立てのいいスーツを着崩してふんぞり返っていた。


「どうも、ごぶさたです」


 衿沙(わたし)としては半年以上(ひさかた)ぶりの再会なので、とりあえずそう挨拶しておく。頭は下げない。


「よく来たな。ちなみに、お前を呼んだのは俺だ」


 でしょうね。種明かしせずともわかり切ったことをドヤ顔で言っちゃうのは、いかにも三流悪役キャラめいて、すごくカッコ悪いですよ。などとアドバイスしてやる気も起きない。

 

「うちの可愛い後輩を返してもらえます? もう、部外者ですよねあなた」


 なので無視(スルー)して話を進める。すでにけっこうなアルコールが入っているだろう赤ら顔が、怒りでさらに赤黒くなった。


「お前は……俺にッ、指図をするな……!」


 よほど腹に据えかねたのか、グラスを床に叩きつけて粉々にすると、革靴で何度も踏みにじる。私はそんな彼の醜態を、ただ無感情に見つめていた。


「ふん……まあ……いい。これからが、()()()()()()()だ」


 しばらくしてようやく私の視線に気付くと、我に返ってそう宣言する。

 その言葉が、合図だったのだろう。

 店内に座っていた男たちがゆらりと立ち上がり、私の四方を隙なく、逃げ道をふさぐように取り囲んでいた。十数人、いやもっと多いか……。

 彼らは全員、頭部をすっぽり隠す黒い覆面をかぶっている。目鼻口の周りだけ白く縁取りされた穴の開いたそれは、言わずと知れた、日本で最も有名な悪の秘密結社(SH〇CKER)の戦闘員マスクだ。


「お前、この手の特撮(トクサツ)とか幼稚なものが好きなんだろ? いい(トシ)して、しかも女のくせに」


 にちゃりと(いや)らしく(わら)う彼は、その化石じみた価値観(ことば)でこちらの逆鱗を二枚抜きしていることに、気付いているのだろうか。


「お前に、たっぷり教えてやる。現実には正義のヒーローなんていないってことをな」


 ──なるほど。相手(わたし)の好きなものを使って尊厳を奪い、心を折ろうというところか。それが彼にとっての復讐(・・)なのだろう。まったく、どうにも救いようのない(にんげん)だった。性根だけなら某魔学者(ジブリール)と良い勝負だろう。


 ふつふつと沸き上がる怒り。反比例するように、頭は冴えてゆく。


 周囲からは、戦闘員たちの荒い息がいくつも重なって聞こえていた。覆面から覗く目は真っ赤に血走って、中には半開きの口元から涎をたらす者もいた。

 この様子、昨今ネットで存在を囁かれている違法薬物(ドラッグ)の影響かも知れない。


「もしかして、これ……」


 出所不明のまま裏社会に蔓延りつつあるというそれは、高い中毒性はもちろん、身体能力を向上させながら攻撃性を増すというステロイド的傾向を強く持つ。どんな紳士も草食男子も、たちまち好戦的に変えてしまうという。


「知っているなら話が早いな」


 何より危険視されているのが、理性や自己判断力を鈍らせて他者への依存性を高め、薬物の提供者に従属させるという特性だ。

 まるで「強くて忠実な兵士を生み出す」ために作られたようなそれは、使用した半グレ集団同士の抗争を加速的に激化させ、すでに死者も何人か出ているとニュースが報じていた。


「こいつらには、『Legion(レギオン)』をたっぷりキメてある」


 それが、薬物に付けられた名前だ。帝国の紅き魔鎧兵と同名なのは、偶然だろうか。


「いいことを教えてやろう。Legion(こいつ)を日本に持ち込んだのは、この俺なんだだ。店の奥のでかい金庫の中にたっぷりため込んである。そう、(クスリ)も、金もな!」


 少しでも精神的優位に立ちたいのか、聞いてもいないことをべらべら喋る。しかし言われてみると、彼は在職中よくわからない名目での海外出張を何度かしていた。


 胸ポケットから取り出した小袋を自慢気にひけらかす指には、趣味の悪い金の指輪が並んでいる。そして、そこまで聞かせるということは、どう足掻いても無事に帰してはもらえないのだろう。詩織ともども。


 それでも、私は彼の姿を冷ややかに見やりつつ、ゆっくりと右腕を掲げ、てのひらを額の前にかざした。


 透けた静脈に、どくんと熱が灯る。その周囲の大気中から、淡く光る紫の粒子が滲みだし、手首を囲む光の輪になって凝結すると──そこに、見知った黒い輪具(リング)が実体化していた。 


「……なんだ、その手品(マジック)は?」

「そうね、とっておきの魔法(マジック)を見せてあげる──」


 そして、私は言い放つ。


「──纏装(てんそう)!」


 静かに、力強く言葉を噛みしめて。輪具から溢れた紫の炎に、全身を包みこまれる安心感のなか、濃紺(ネイビー)のスーツは紫の素体(スーツ)に変化してゆく。


 周囲の男たちは、ざわつきながら少し後ずさる。理性が薄れていても、本能がそうさせたのだろう。そして元上司は、呆然とこちらを凝視していた。


 紫炎から形成されてゆく漆黒の装甲(アーマー)は、現世界(こっち)の希薄な魔力でも維持しやすく軽装化されていた。胸部装甲と右腕手甲(ガントレット)以外の左腕や脚部は、シンプルなグローブとブーツになっていて、そのぶん動きやすい。


 鏡張りの天井に映った自身の姿を、見上げる。


 悪魔の如き(ヘルメット)の側面に、紫炎の中から黒角が左右に伸びてゆく。額の第三の目(サードアイ)を含む紫水晶(アメジスト)の瞳は、変わらず兇々(まがまが)しい耀(かがや)きをはなっていた。


 ──より特撮(ヒーロー)のそれに近づいた姿に惚れ惚れする。本気でフィギュアがほしい。


「なんなんだ……それは……」


 元上司が、放心気味に問いかける。隣で詩織も呆然としている。まあ、無理もない。



 いわく。私の意識を元の体に戻す際に、両断された魔黒手甲(マガントレット)片割れ(はんぶん)を魔力に変換して紐づけ、現世界(こっち)側に()()()()()らしい。

 

 目覚めたとき腕に残っていた感触は、気のせいではなかった。


 そこに零式星牙(レイジョーガー)魔紋構造(アルゴリズム)を逆輸入し、魔力が希薄な現世界(こっち)でも使える形として再編成(リビルド)したもの。それがこの顕界式(ゲンカイシキ)魔鎧(マガイ)──なのだとか、なんとか。


 ──夢うつつに、優しく凛々しいダンケルハイトの声がそれらを語りかけてきたのは、ほんの数日前の真夜中のこと。


 想定以上に時間が掛かったと詫びつつ、今回も一方的に言いたいことだけをすらすらと喋りたおす。ちなみに魔鎧の新デザインは、私の部屋のヒーローフィギュアを少し参考にしたらしい。どうりでカッコいいわけだ。


 そして最後に、再編成(リビルド)が完了したら転写人格(じぶん)を残す余裕はないからと、引き留める隙も与えずそのままフェードアウトしていった。


『願わくば、この贈り物(ギフト)があなたの力にならんことを』


 最後に、そう言い残して──。


 魔鎧を作り上げ、炎は散った。漆黒と紫をまとった私は優雅に腕を組み、両足は肩幅に開き、視線を斜め上から挑発的に睥睨(みくだ)して、悠然と名乗る。


「その名は断罪魔嬢(だんざいまじょう)、レイジョーガー!」


 ──せっかっくなので番組名っぽくも悪役っぽい四文字熟語を冠してみた。私とエリシャのレイジョーガーに、きっと相応しいカッコ良さだろう。

 

「だからなんなんだ! いや、もうなんでもいい! お前らさっさとやってしまえッ!」


 現実への理解が追い付かない、その苛立ちをあらわに唾を飛ばしながら彼は戦闘員たちに号令をかける。

 普段から特撮を観ていたら、この程度の想定外(イレギュラー)には焦らず余裕で対処できるのにね。──というような話を先日職場でしたところ、そんなのは倉城さんだけですよと呆れられつつ褒められた。


 そして周囲の戦闘員から殺到する攻撃予測線(レッドライン)を置き去りに、私の姿は既にそこにはない。床を蹴り、一瞬でフロアの半分の距離を移動して、元上司のソファの真ん前に立ちはだかっていた。


「ひとつ、憶えておきなさい──」


 天に掲げた、右の二の腕から手刀の側面(エッジ)にかけ、鋭利な紫の光刃が灯る。


「──他人(ひと)の推しを(わら)う罪、万死に値する!」


 左手で、呆然自失の詩織の腕を優しく引いて抱き寄せる。そして、口と両目をぽかんと開けて見上げる元上司に、私は躊躇(ためら)わず光刃(それ)を振り降ろした。


零星(レイジョー)断罪刃(ギロチン)──ッ!」


 紙を切るように何の抵抗もなく、光刃は対象を中心線(センター)から真っ二つに両断していた。──元上司の真横すれすれをすり抜けて、腰掛けていたソファだけを。


「倉城先輩……ですよね……?」


 我に返って腕の中から私を見つめる彼女の瞳は、恐怖(おびえ)よりも恍惚(うっとり)していて、いつだか謎の美少年(エリオット)として女生徒たちから向けられたそれを思い出した。


 ──いやでもわかる。めちゃくちゃかっこいいもんねレイジョーガー。


 しかも詩織(かのじょ)は私と同じ、重度の特撮オタクなのだ。たぶん私も、こんなにかっこいいヒーローからこんな風に助けられたら彼女と同じ瞳になるだろう。ああほんとフィギュアがほしい。再現度(ディティール)重視のと可動重視のと二つはほしい。


 そう、特撮知識(そのへん)に加えて生来の真面目さという共通項もあり、詩織はこっちでエリシャにできたはじめての、そしていちばん心を許せる友人になってくれていた。

 エリシャが繋いだ縁だから、大切にしなくっちゃ。ちなみに今度、奈津美との女子(オタ)会にもご招待する予定である。


 視界の端に背後から攻撃予測線(レッドライン)が届き始めた。戦闘員たちがすぐそこまで押し寄せてきている。

 中央がガタンと落ちて斜めになったソファから、情けなくずり落ちかけた元上司を私は見下ろす。詩織には、ソファの背もたれの陰に身を隠すよう指示した。


「……くそッ、よく聞け……あいつらには、お前がいくら謝っても命乞いをしても、俺が止めるまでなぶり続けろと言ってあるッ!」


 震え声でのたまう彼の胸倉を、黒い装甲で覆われた悪魔の右腕でつかみ、軽々と持ち上げる。


「俺を殺したら、もうあいつらは止められないぞ……!」


 必死に脅し文句を絞り出すが、浮いた足元からぽたぽたと滴る失禁(なにか)の雫のせいで、虚勢も台無しだった。


「──ていうか」


 すべてを黙殺して、部下だったころから我慢していたことをひとつ、私はいちばん最後に伝える。


お前(・・)って呼ぶな!」


 同時に、背後の戦闘員たちの方へ彼をぶん投げていた。

 情けない悲鳴の尾を引き、攻撃予測線(レッドライン)に添って飛んだ体は、その先にいた戦闘員の腕で受け止められ、そのまま無造作に床に転がされた。

 成人男性の体重をあっさり受け止める、たしかに身体能力は強化されているようだ。


(いて)ぇよ……ああくそっ、早くしろよ愚図(グズ)ども! あの女を、さっさとめちゃくちゃにしろッ!」


 よろめきながらも立ち上がる。痛みと羞恥と恐怖と怒り、あらゆる感情に表情をぐにゃりと歪ませながら、震える指先を私に向け、唇の端から泡を飛ばす。


「いいや、もういい! そうだ、もう殺してしまえっ!」


 ──だが。


「うるッ……せえッ!」

「──えっ?」


 ぼごり。鈍い音が響いて、元上司の顔面にひとりの戦闘員の拳がめり込んでいた。

 

「えらッ……そウにすんな……おッさんがァ……!」


 呂律(ろれつ)も怪しく口走った覆面の下の目は、充血(ちばしる)どころか眼球を柘榴石(ガーネット)に挿げ替えたように紅い。歯を剥きだして涎を滴らせ、理性は薄れるどころかもはや消失して見えた。

 彼だけではない。他の戦闘員たちも、全員がその状態だ。


 この状態、おそらく過剰投与(オーバードーズ)だろう。自分で持ち込んだくせに、まともな運用も出来ないとは。


 ──ダンケルハイトは、魔鎧の件と別にこんな話を残していった。


 上位存在(カミサマ)が世界と世界の間に相互干渉点(クロスポイント)穿(つく)った際、余波として虫喰い穴のように微小な干渉点が生じた。


 これは、本来なら微々たる影響しかなく、いずれ修正力によって修復されるものだが、(まれ)に、両世界(おたがい)に強い悪影響を及ぼす悪性干渉点(マリグナント)として固定化される場合がある。

 そうなった場合、片側(あっち)だけ潰しても、片側(こっち)が残っていればいずれ復元してしまうという……。


 ──いやいや修正力さん、ちゃんと仕事してよ。私にはあんなにしつこかったくせに。

 

 この状況。違法薬物(Legion)魔鎧兵(レギオン)は、まさにその悪性干渉点(マリグナント)の顕現だろう。

 現世界(こっち)でもしっかり叩いておかないと、異世界(あっち)で再び魔鎧兵(レギオン)が悪さをする可能性があるというわけだ。


 上位存在(カミサマ)の尻ぬぐいをするのは釈然としないが、エリシャの力になれるなら、やらない理由は何もない。──そして何より、再びレイジョーガーとして誰かを守るため戦えることに、私はこの上ない喜びを感じていた。

 元上司の姿は、狂戦士(バーサーカー)と化した戦闘員たちの足元に呑まれて見えない。彼に制御できない以上、もう実力行使しかない(していい)よね。


「だいじょうぶ。これでも私、()()()()から」


 背中越し、ソファの陰に縮こまる詩織を安心させるよう囁いて。

 眼前に迫っていた巨漢の戦闘員──おそらく店の入口から案内をしてくれた黒服の、剛腕の一撃を無造作に掲げた右の掌で受け止め、するりと手首を掴む。

 そのまま右腕を振り上げ、振り下ろせば、彼の巨体はふわりと浮かび上がり、次の瞬間には顔面から床にしたたかに叩きつけられていた。


 殺到していた攻撃予測線(レッドライン)の束がゆるみ、理性を失い狂戦士と化したはずの戦闘員たちは足を止め──じわりと後退(あとずさ)る。それを嘲笑うように私は、倒れた巨漢の広い背中を漆黒のブーツで踏みつけ言い放つのだ。


「さあ、仮面舞踏会(マスカレイド)開宴(はじまり)よ──!」




 ──── 断罪魔嬢レイジョーガー【完】

完結篇、最後までお付き合い誠にありがとうございました……!

エリシャと衿沙の物語、これにて終幕とあいなります。


初の長編連載、描きたかったラストまで二人の主人公を連れて来ることができたのは、読者のみなさんのおかげです!


そのうえで厚かましいお願いではありますが、どうぞ忖度なしで★の数にて最終評価も、よろしくお願いいたします。

心からのご感謝とともに、今後の指標とさせていただきます。


外伝やWレイジョーガーが共闘する劇嬢版第二弾など構想しております。ご興味持っていただけましたら、ブクマのほうもお願いいたします。


それでは、またどこかでお目にかかれますことを……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
[良い点] 面白かったです。やはり女性変身ヒーローは良い!
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