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59 決戦の空

 ──レイジョーガー、絶聖騎装(パラディンフォーム)


 漆黒と白銀の魔鎧を纏った私は、背のマントが一瞬で変形した白翼(つばさ)を大きく拡げ、火球の待ち受ける青空へと飛翔していた。


 魔力が負の側に変質すれば、万物に害を為す魔瘴(ましょう)になる。

 対して、教団が管理する聖なる魔紋──聖魔紋を通して正の側に昇華されたものが、治癒や護りの形で発現する聖なる魔力。ちなみに魔学上で正式には「綺力(きりょく)」と呼ばれる。


 マリカは、この聖なる魔力──綺力を聖魔紋なしで自力生成できる。

 そういう者は稀に存在して、教団に招聘(スカウト)されゆくゆくは高位の神官になったりする。マリカが聖女(とくべつ)扱いされているのは、その出力と容量、そして応用力が尋常じゃないからだ。

 まあ、そのへんについてはこの目で見てよく知っている。


 彼女から絶聖の加護を受け、その綺力を共有した状態の私は、再び地上に向けて放たれた巨大な火球の表面に、つい先刻と同様に掌を向けていた。

 ただし漆黒の右手ではなく、白銀の左手を。


 ──昇華(サブリメイション)


 それはなにひとつ特別な技ではない。聖女として、自分(マリカ)の内側で普通にやっていたことを、ただ外側に向けるだけ。


 掌で優しく触れた火球の紅い表面が、そこから純白に変じてゆく。すべてを焼き尽くす紅蓮の火球は一瞬で、淡く光る無数の羽根の塊に変じ──空中に、四散していた。

 もしかすると絶聖の加護とは、この凄まじい力の乱用を防ぐための、二段階認証的な仕組み(システム)なのかも知れない。


 そんなことを考察する私の視界に、舞い散る光の羽根たちの上空で黒翼(つばさ)を拡げる、巨大な黒龍の姿が映っていた。

 その頭部、額の中央に埋め込まれた紅仮面(ジブリール)柘榴石(ガーネット)の双眸と、目が合う。


「なんだ──なんなんだそれは! そんなもの、そんな出鱈目(でたらめ)あっていいものか!」


 そこから発せられたジブリールの声は怒りに震えていて、仮面も同様に震えているように見えた。ただ、魔鎧龍(ファヴニール)は無感情な六眼で私ごと地上を睥睨(みおろ)しながら、黒翼(つばさ)をはばたかせている。


「あなたが無知なだけでしょう? 絶聖の加護が最強だなんて、王国(このくに)じゃ乳飲み子でさえ知っている」


 瞬間、黒龍の右腕──魔玄籠手(マガントレット)に相似した巨腕から、私の頭上へと攻撃予測線(レッドライン)が描かれた。絶聖騎装(パラディンフォーム)でも変わらず、紫水晶(アメジスト)第三の目(サードアイ)は私をサポートしてくれている。


「黙れよ小娘ッ!」


 黒翼が(ごう)と空を叩く。高速で降下してくる黒龍の振り上げた右腕の、五指に並ぶ馬上槍(ランス)じみた爪が、うそぶく私を強襲していた。


 ──激突の衝撃波が、眼下にそびえる王城の尖塔をびりびりと震えさせる。


 頭上にまっすぐ掲げた私の漆黒の右腕、その先の手のひらは、黒龍の巨大な中指の爪の先端を、ぴたりと受け停めていた。

 空中なのに?とジブリールも疑問を抱いたことだろう。

 しかし、そもそも私の背の翼はすでにマントに戻っている。にもかかわらず、大地に根差したように悠然と天に立つ(・・)私の足元には、先ほど舞い散った羽根たちが集って、光の足場を作り出していた。


「はあアァッ?!」


 苛立ちに満ちた奇声を上げるジブリールを、私は白銀の左手で指差す。その動きに連動して、周囲の空間を漂う羽根たちが黒龍の額に殺到した。獲物を(むさぼ)殺人魚(ピラニア)のように。


「やめろッ、やめろぉッ!」


 黒龍の首を振りまわして羽根を払いのけるも、すでに仮面の八割は昇華されて、ジブリールの引き()った素顔が露わになる。


 ただ、受け停めた黒龍の爪を昇華することはできそうになかった。神遺物(レリック)の力に加え、疑神化(チート)で絡み合うよう複雑に増強された魔鎧龍(ファヴニール)本体の魔力結合は、さすがに堅固だった。

 

 そして同時に私は、手のひらから流れ込む子供たちの苦しみと哀しみと怨嗟の声に、心臓を絞めつけられていた。マリカが号泣していたのは、おそらくこれを何倍もの解像度で、たったひとりで、身構える間もなく受け止めたからなのだろう。


 ダンケルハイトの声は言った。全員(みんな)を守って、と。

 私にできるだろうか。いや、やるしかない。でなければ、推し(ヒーロー)たちに顔向けできない。


 メギャッ──と、どこかで覚えのある異音を響かせ、私の黒き悪魔の右手は、黒龍の爪の先端を握りつぶしていた。


「……ぐッ……ああ……まったく貴女(アナタ)は、つくづく私の計画(シナリオ)を邪魔するのですね」


 ジブリールの声に、冷徹さが戻ってゆく。黒翼(つばさ)を大きくはばたかせて離脱しながら放った、後ろ足の爪の一撃を、しかし私は白銀の左手の甲に形成した光盾(バックラー)で弾き飛ばしていた。

 それを意にも介せず上空に舞い上がった魔鎧龍(ファヴニール)の、振り回した長い尻尾は、先端から順に関節ごとばらばらに分離して、空中に放出されてゆく。

 少しずつ形状の違う無数のそれらの姿は、紅い単眼(ひとつめ)と黒い牙ならぶ顎を持つ、歪形(いびつ)なクリーチャーだった。


「しかし最後に(わら)うのは私だ! 行け、鱗蟲(リンム)ども!」


 クリーチャーたち──鱗蟲から攻撃予測線(レッドライン)は伸びない。つまり、狙いは私ではないということ。彼らは半透明の薄紅い蟲翅(はね)を高速で震わせ、一斉に地上へと降下していった。

 それは伝説にも記載のある、絶聖の加護の攻略法。すなわち加護の供給源である聖女への攻撃だ。そして本来、それを守ったのが魔戦士ダンケルハイトだった。


 影狐一人で、この数からマリカを守り切るのはさすがに難しいだろう。ジブリールは用意周到で、いつも結局、最後の最後に私の手は届かない。そして今回も──


 私は地上に目を向ける。

 そこでは縦横無尽に跳びはねる影狐が、魔刀玄逸(クロイツ)を片手に空中の鱗蟲を斬り伏せていた。


 その合間を縫って、長く長く伸びた腕で鱗蟲を掴み、地面に叩きつけては、そのままゼリー状の物体で包み込んで動きを封じる、魔物じみた動きの赤黒い人型。

 それはお父様とアリオスが昨夜も遅くまで熱心に共同研究していた、全身を瘴粘(スライム)で覆う擬似魔鎧……あれ、完成したんだ……。

 纏っているのは、だいぶイメージを覆されて私の中のエリシャの部分がざわついているが、適正のあるミハイルだろう。


 更には空を裂いて飛ぶ三日月状の刃も、鱗蟲を撃墜してゆく。その使い手は、きっとマリカのヒロイン力に陥落したのだろう、四鎧将(シガイショウ)死神型(デス)だった。


 それらの防衛圏をかいくぐった先に待ち受けるのは、蒼き魔鎧を右腕にのみ纏ったアズライルの神速の鉄拳だ。劃式纏装(かくしきてんそう)、これもお父様の仕業か。


 ──とてつもなく心強い仲間たちを一瞥して、視線を上空の黒龍に戻す。


 私の中に、少しだけ不安が生まれた。

 だって、こんな最高の物語を実体験してしまったら、もう、大好きな特撮(フィクション)を楽しめなくなってしまうんじゃないか、と。

 まあでもきっと大丈夫。推し(それ)推し(それ)実体験(これ)実体験(これ)


 うん。なにひとつ迷いはない。


 私はマントを翻す。白い光を纏ってひらめくそれは、周囲に舞う光の羽根たちを巻き込みながら大きく拡がって、真横にまっすぐ伸ばした私の黒い右腕を包み込んでゆき──


零聖(れいじょう)(けん)──」


 ──おそろしく長大な、光の剣を形成していた。

 刃渡りは、私の身長の三倍以上あるだろう。日本刀を思わせる、ゆるやかに反り返った白光の片刃には、断罪刃(ギロチン)紫光(かがやき)が波打つ刃紋として宿る。


 この剣で、運命、宿命、天命、すべて断ち斬る!

 

 左肩にわずかに残っていたマントが、片方だけの翼となった。

 右の手首を返して刃を上に向け、足場となる羽根たちを蹴り、片翼をはばたかせ──光の軌跡を引きながら、私は天へと飛翔する。


「──天征斬てんせいざん!」


 そして黒龍の股下から、呆然とするジブリールの脳天までを、翔け昇りざま一刀に両断した。

 断末魔の咆哮と共に、中央(センター)に真っすぐ紫光の線が走り、そこから巨体は上下に()()()──次の刹那、すべてが白い羽根となって散華する。

 

 雪のように踊る羽根の中を、片翼だけでゆっくりと舞い降りる私。剣はすでに翼に戻っていたけれど、包み込むように折りたたんだまま、そちらで羽ばたくことはしない。


 鱗蟲はすべて黒龍──魔鎧龍(ファヴニール)と同時に消滅し、地上には残っていなかった。

 荒れ放題の庭園に降り立った私は(ひざまず)いて、折りたたんでいた右の翼を、地面を優しく撫でるように拡げる。


 光の羽根が敷き詰められて、その上に並んで寝転んだ子供たちが、安らかな寝息を立てていた。

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