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黒き魔鎧のエリシャ ~悪役令嬢、鋼の魔拳で天を討つ~  作者: クサバノカゲ
〔Ⅲ〕天嬢篇

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56 舞い上がる邪悪

 転移門(ゲート)から出現し、ジブリールを守った黒い巨掌は、奪われた我が家の神遺物(レリック)──魔黒手甲(マガントレット)に酷似している。


 そのサイズだけが、何十倍にも巨大化していた。


 呆然とする私の全身の装甲からは、紫の粒子がたちのぼっている。魔力はほぼ尽きていた。アスライザーとの戦いで負った損傷もある。魔鎧は装甲としての実体を、もう長くは維持できないだろう。


「……そん……な……」


 駄目なのか。やはり私は修正力(うんめい)にねじ伏せられてしまう側なのか。

 その間にも、黒い掌は転移門(ゲート)の端に爪を立て鷲掴み、内側から押し拡げはじめた。巨大な本体を、無理やりこちら側に押し出そうとするかのように。


()()()()()()()()()()()、転送準備をしていたのですよ。あわよくば実戦テストも出来るかと思ってね」


 勝者側の決まり文句を放つジブリールが、庭園の中央に陣取って動かなかったのは、これを呼び出す準備をしていたからなのだろう。

 ともあれ、奴のいやらしい笑みに歪んでいるだろう表情が、紅い兜に隠され見えないのはありがたい。おかげでどうにか冷静さを保てる。

 

「……ジブリール、きさま……それ(・・)は、作らない約束だったはず……」


 そのとき耳に微かに届いた、怒りを込め絞り出される言葉は、私の視界の端で必死に立ち上がる──途中で膝を突く──を繰り返している蒼髪の皇太子(アズライル)だった。

 しかし、ジブリールには聞こえていないのか無視(スルー)しているだけか、無言で転移門(ゲート)の中央にしゃがみ込むと、片手を足元(そこ)に突き入れて何やら操作しはじめた。


「あれは一体、何なの?」


 あまり答えは期待せずアズライルに問いかけながら、私は聖女(マリカ)の姿を探す。

 彼女の直感は、この存在をどう見ているのか。

 レーダーは更新されなくなっているが、兜内側の視覚補助機能は正常に動いていた。


 迷宮口の方では、アリオスが変幻自在の攻防で獣人型(コング)を翻弄している。

 そして王妃様の手を引くリヒト──いや、ミハイル王子は眼帯を剥ぎ取って、その手にした赤黒い槍で、巨大なハンマーを振り回す重装型(ファランクス)に食らいついている。


 ドリルのように、あるいは巨大な顎のように変形するその魔槍は、アリオスが自身の一部から創り出した特殊な武器だ。


 アリオスが迷宮の主(ダンジョンマスター)として得た古の知識によれば、ミハイルの目の周囲にも燃えるように拡がっている魔瘴斑──それは凶兆どころか、魔瘴に対する抵抗力の高さを顕す(しるし)なのだという。


 だから、王子(ミハイル)にその気があれば。高潔な聖騎士の誇りよりも、守りたいものがあるのなら、魔瘴の力を分け与えることができるかも知れない、とアリオスは語っていた。


 ミハイルは、その提案を受け入れたのだろう。彼は未だ守ることを諦めていない。その姿に勇気をもらいつつ、私は視線を巡らせる。


 ジブリールの足元の転移門(ゲート)からは、もうひとつの黒い巨掌が出現して、地面に開く黒穴をさらにメリメリとこじ拡げていた。

 驚くことはない、腕が二本あっても不思議じゃない。そう自分に言い聞かせながら、マリカを探す。


 ……いた。


 影狐(カゲコ)の傍らで、拡大された映像に映る彼女は──泣いていた。

 涙を流しながら口元を両手で覆い、それは慟哭しているようにさえ見える。

 影狐(カゲコ)が背中をさすりながら寄り添って、理由を聞き出そうとしてくれているようだが、あの様子では難しいだろう。


 私の知る彼女──どんな危険の前でも明るく笑ってみせたマリカの姿は、そこにはなかった。彼女さえ絶望するほどの存在だというのか。


「……あれ(・・)(コア)は、おまえから奪った魔黒手甲(レリック)……」


 代わりに私の疑問に答えてくれたのは、アズライルだった。おぼつかない足取りで、しかし立ち上がった彼は、続く言葉を絞り出す。


「それと、俺の異母弟妹(きょうだい)たちだ」


 黒い両腕で転移門(ゲート)を無理矢理に拡げ、地の底から這い出るように姿を現す、全身を漆黒の鎧で覆われた巨大なそれ(・・)を見詰めながら。


「……なんですって……」

「言っただろう。疑神化(チート)の刻印には成功しても、使いこなせなかった子供たちが沢山いる」


 そして彼は、まるで汚物を吐き捨てるように表情(かお)を歪めながら、青空の下にそびえ立ったそれ(・・)の実体を明かした。


「その子たち──俺の異母弟妹(きょうだい)たちを部品(パーツ)みたいに組み込んで、疑神化(チート)魔力(ちから)だけを抽出し、俺の魔鎧(アスライザー)と同じように、資格を無視して魔黒手甲(レリック)を強制的に起動させている」


 ──それは魔戦士ダンケルハイトの残した「誰かを守るための力」への、度し難い冒涜だった。誰よりも私の中のエリシャ( わたし )が、怒りに震えている。

 同時に私は理解していた。聖女(マリカ)の涙は、子供たちのために流されたものだと。


「それを更に何重にも増幅(ブースト)し、歪め、塗り固めたのがあの怪物だ。俺は彼奴(ジブリール)に計画書を破棄させたはずだが──きっと、皇帝(ジジイ)が許可したんだろうな」


 最後に彼が付け足した言葉には、どこか自嘲の匂いがした。


 その間にも、腕の数倍も逞しい後ろ脚と、長大な尻尾で支えられた黒い巨体は、二人の視線の先で悠然と立ち上がっていた。

 爬虫類的な頭部には、左右にねじくれた角が並ぶ。その中央の広い額にジブリールが立っていた。彼の背丈と比較して、頭頂高はおよそ五倍超(10メートル)


「ところで、あれ(・・)には名前とかないの?」

「それを知って、どうする」


 ジブリールの体が、足元の広い額にずぶずぶと沈み込んで、呑み込まれていく。やがて奴の紅い魔鎧の顔面が、ちょうど第三の目(サードアイ)のように額の中央に(はま)る。


 ──瞬間、左右三個ずつ並ぶ計六個の瞳に、禍々しく深紅の光が灯った。


 そして巨体をぶるりと震わせると、背に畳まれた巨大な黒翼を、広げる。風圧とともに、どろりと濃密な魔力が、吹き抜けていった。


「呼び名がないと不便でしょう。これから、戦う相手に」

「ほう。何かあれに有効な策でもあるのか?」

「ええ、よく聞きなさい皇太子殿下。私の策はね──」

 

 それは私がこれまで、数多のヒーローたちから学んだこと。


「──諦めないこと」


 その言葉に、アズライルはしばし虚頓(きょとん)として……やがて自嘲ではなく、彼らしい不遜さの漂う笑みを、微かに浮かべた。

 そう、まだ諦めるわけにはいかない。私には守るべきものがある。あなたも、そうでしょう?


「……たしか、彼奴(ジブリール)はこう呼んでいたな」


 巨翼を羽ばたかせ、庭園全体を突風に巻き込んで上空に舞い上がる、その名は──


魔鎧龍(マガイリュウ)……ファヴニール……」


 かつてこの地を支配した魔物の王の名を冠されし、漆黒のドラゴン。天空より放たれたその咆哮は──どこか、子供たちの慟哭のようにも聞こえた。

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