51 蒼き魔鎧
【視点切替】エリシャ ▶ ミオリ
「──魔鎧皇、アスライザー!」
蒼い炎のなかで、アズライルは己の身を鎧ってゆく魔鎧の銘を呼ぶ。
その光景をミオリは、舞台の奥から見つめていた。
黒の素体に蒼の装甲。その姿はどこかエリシャ様のレイジョーガーに似て、蒼い悪魔の如く。
側頭から伸びる角は天ではなくて、螺旋を描き前方──対峙した黒い悪魔を指していた。
「ああ、感じるぞ。お前の纏う魔鎧も、このアスライザーと同じ、魔玄籠手に限りなく近い形で魔紋を移植したものなのだろう?」
炎はレイジョーガーの紫炎のように美しく散華せず、いつまでも身体のあちこちでくすぶり続けている。まるで、纏装の完了を拒むかのように。
「お前にはダンケルハイトとして、纏う資格がある。俺には、資格がない。──だが、そんなものは必要ない」
蒼き魔鎧──アスライザーの額には、レイジョーガーと同様に第三の眼として、巨大な蒼玉石が輝いている。
その表面に蜘蛛の如き八本脚の紋様が蒼白く浮かんだと思うや、脚は石の表面からはみ出して兜の表面を伸び、頭部を抱え込んでいた。
ぎぎぎ、と魔鎧の全身から異音が響き、くすぶっていた蒼炎が弾けて散る。
レイジョーガーと同等の魔紋を、疑神化魔紋によって強制支配する。それは有り得る可能性の一つとして、旦那様が予測した最悪の障害だった。
「さてお嬢さん、闘っていただけるかな?」
「お手並み拝見、させていただきますわ」
おどけて言い合う二人の間で、互いの濃密な魔力圧が拮抗し、紫と蒼の火花を散らせている──ように見えたのは、私だけではないだろう。
今、舞台上からその光景に目を奪われているのは、白の礼服を着たリヒトと、空色の礼服のマリカ、そして王妃様の豪奢な灰青のドレスの傍らに、私の普段の侍女服。
そんな中、護衛の女性騎士の視線だけはその二人の更に向こう、会場中央の紅い魔鎧将たちを警戒していた。薄茶のベリーショートも凛々しい彼女は名をルイゼといい、三年前に学園を首席で卒業した傑物だ。
在学時から王妃付き騎士を熱望していたという彼女にとっての王妃様は、きっと私にとってのエリシャ様なのだろう。
そんな先輩に共感と心強さを覚えつつ、手元の掌サイズの石板に視線を落とす。そこには幾つもの文字と画像が浮かび上がっていて、見ている間にもどんどん書き換えられていた。
戦鬼型、重装型、死神型、獣人型──四鎧将の識別名と簡易的な武装や性能情報、そして行動予測。
この石板は、エリシャ様の第三の目と微弱な魔力の送受信によって繋がっており、離れた場所でも情報を共有できる。
エリシャ様の思考と第三の目の分析結果がミックスされ、石板上に送られてきているのだ。
エリシャ様の天才的な発想をもとに、旦那様が魔紋記録板を改造して作り出したこの革新的な魔具は「素魔報」と名付けられていた。
正直、このへんのネーミングセンスだけは本当によくわからない。奥方様も多少そういう傾向はあったけど、ここ半年ぐらいのエリシャ様はそれどころじゃなかった。
もちろん、そんな理解不能さもまた魅力でしかないことは言うまでもない。
「──王妃様、そろそろ参りましょう」
王妃様をお守りする。それが、エリシャ様から託された私の使命。
本当はエリシャ様をこそお傍でお守りしたい。けれど、「ミオリにしかお願いできないことなの」と頼られてしまっては、全力でお応えするしかないじゃない。
「わかりました。きのうの約束どおり、エリシャが守ってくれているのね」
場に参列者の姿がないことを確認して、王妃様もようやく避難を了承してくれた。きっとこのひともエリシャ様と同じ、民のため自分を投げ出せる人なのだろう。
石板上の行動予測ではすでに、対峙するレイジョーガーとアスライザーを迂回しながら、戦鬼型と死神型の矢印が二本こちらに移動を開始していた。おそらく、それが足の速い二体。
そして残る二体、重装型と獣人型の矢印は会場後方──地下迷宮入口の隠された石碑の方へと向かっている。
半分に強襲させ、半分を目的地に配置することで、前者が逃しても後者と挟撃の形になる。隙のないその策は、中央から動かないジブリールの指揮なのだろう。
私は騎士に目で合図を送ると、王妃様の手を引いて舞台端の階段に向け駆け出す。
会場全体を凄まじい突風が吹き抜けたのは、そのときだ。
それは舞台前方、黒と紫の魔鎧の拳と拳がぶつかり合って生じた、激しい衝撃波である。
同時に、四鎧将たちは石板の予測通り行動を開始していた。
大剣と大鎌を構え迫りくる、真紅の戦鬼と死神。正面からまともに戦っては、お話にもならないだろう。
横目で、私たちを追従するリヒトとマリカ──特にマリカの表情を見る。エリシャ様は、彼女のメンタルを心配していた。
そして彼女がリヒトに加護を与えることこそ、この戦いにおける勝機だとお考えのようだった。でも──
「王妃様! ミオリちゃん! どこか怪我したら私がすぐ回復するからね!」
エリシャ様のお考えを否定するのはとても心苦しいけれど、もしかしたら、私の方が彼女のことをわかっているかも知れない。
そして、そこにもまた勝機はあるはずだ。
──私は、必ず使命を果たす。
エリシャ様の忍びとして……お姉ちゃんとして……!




