表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/71

05 推しへの誓い

 困ったことになった。一体どうすればいいのだろう。


 奈津美ならばゲームの知識を活かして、破滅に繋がりそうなフラグを回避していくこともできたのかも知れない。

 しかし残念ながら私には、あの悲劇的なラスト以外の情報がほとんどなかった。


 奈津美の話を聞き流していたことを、今さらながらに後悔してがっくり肩を落とす。


「あっ……あの、エリシャ様、どこかお加減よろしくないのでは……」 


 紅茶(おかわり)を注ぎ終えた侍女さんが、そんな私の顔を覗き込みながら問いかけてくる。

 整った眉をキュッと寄せ、青みを帯びた灰色の瞳を曇らせて、本気で心配そうな顔。


「ありがとう、でも私は元気だから心配しないで」


 無理やりの笑顔で答えたものの、ますます表情を暗くする彼女の様子を見て、失敗したことに気付く。

 感謝とか気遣いとか、普段なら絶対に口にしない言葉をかける私に、もしかしたら不信感を抱かせてしまったかも知れない。

 

「ええと……私、どこか変?」


 直球で聞いてみた。

 すると彼女は何かを口にしかけて言い淀む、ということを五回ほど繰り返したのち、ひとつ大きくうなずいて、壁に据え付けられた大きな姿見(かがみ)のほうを手で示す。


 私はその前に移動して、鏡像(じぶん)をまじまじと覗き込んでみた。


 陶磁器のような白い肌に、はずしたナイトキャップから溢れる長く(つや)めく黒い髪。

 上品に整った顔立ちを際立てるシャープな柳眉と、猫みたいなアーモンドアイのなかで紫色に輝く瞳。


 ──これが自分だとは到底思えない、()が三つは付きそうな美少女だ。


 あー、このまま日本に戻れたら、アイドルから女優になって特撮出演のオーディション受けまくってやるのに。


 それと同時に、違和感も感じていた。

 その顔が衿沙でないのは当然なのだが、エリシャとしてもなにかが違う。


 もちろん、きのう見たゲームやアニメにおける二次元(イラスト)のそれと違うのは実写だから当然として、おそらくもっと本質的なこと──ああ、そうだ、彼女の最大の個性であろう「性格の悪さ」を感じられないのだ。


「……なんだろ、表情かな……」


 目元あるいは眉根にピンと張り詰めていた糸が、ふわりと緩んだように見える。


 エリシャとしての記憶をもういちど丁寧に辿ってみる。

 彼女は五年前、十歳で母親を失ってからずっとダンケルハイトの家名を守るため、誰からも侮られないよう精一杯に強がって、虚勢を高く高く掲げ生きてきていた。


 けっして、誰にも心を開かずに。


 鏡の中で胸元に輝いている小さな紫水晶(アメジスト)のペンダントは、お母様が五歳の誕生日に贈ってくれた宝物。十年間、肌身離さず身に着けたそれだけが、エリシャの心の拠り所だった。


 対する衿沙(わたし)も、ただのほほんと生きてきたわけではない。

 十代のころに両親が離婚して、母親とはすっかり疎遠だし、父親の再婚相手とも馬が合わず何年も実家に帰っていない。

 大人になって、人並みの恋をし手痛い失恋もした。

 仕事にやりがいはないし、グレーゾーンを巧みに突いてくる上司のパワハラ兼セクハラにもうんざりだ。


 でもまあ、それらは我慢できないこともない。

 自分さえ我慢すれば波風立たないのだから、それでいいのだ。

 幸い衿沙(わたし)にはオタク(トーク)のできる友達がいて、そしてなにより最高の特撮(いやし)があった。


 エリシャの心を五年間でがんじがらめにしていた糸が、そんな衿沙(わたし)と融け合ったことでゆるやかに(ほど)けつつある。

 その結果、表情がまるで別人のように柔らかに変化したのだろう。


 結局のところ、衿沙(わたし)がエリシャの前世なのか、それとも人格が憑依したのかは、よくわからなかった。

 ただ、ひとつだけ決めたことがある。


 自分自身の運命だからという以前に、鏡の中(めのまえ)の孤独な少女の命を、理不尽な結末から救いたい。

 特撮から学んだ正義(ただしさ)に従って、衿沙(わたし)エリシャ(わたし)のあんまりな運命(シナリオ)を、どうにかして変えてみせる。


 心の中で私は、そう推し達(ヒーロー)に誓った。


 ──気付けば、鏡の中の私の瞳からは、(どちら)のものともとれない涙が一筋、こぼれ落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ