表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/71

42 昏き底で

「──零星(レイジョー)断罪刃(ギロチン)ッ!」


 魔戦士ダンケルハイトが数多の魔物を斬り伏せたと伝わる、魔刀「玄逸(クロイツ)」──その魔紋(マモン)を宿す右脚の尖踵(ピンヒール)を芯に、顕現した巨大な紫光の斜刃(ギロチン)が、怪獣(ミノタウロス)の山頂じみた左肩にざっくりと喰い込む。


 必死の巨体がこちらに首をねじり、折れた角がぎりぎり真横を凄まじい勢いで薙いでいった。()()が折ってくれたのなら、感謝を捧げなくては。


 ──斬りっ、裂けっ!

 

 硬い皮膚に削がれた加速を補うべく、肩の紫炎(ジェット)噴射に最後の最後の魔力を注ぎ込む。尊大に腕を組んだ私の両肩で、応えた紫炎(それ)は煌々と輝きを増し、羽ばたく巨大な光翼(つばさ)と化した!


 ヴァオオ……ァアァ……ァ……


 咆哮を頭上に遠く聞きながら──レイジョー(わたし)ガーは怪獣(ミノタウロス)の左肩を貫いて体内を垂直(まっすぐ)に突き進む。左胸で心臓のように脈動していた大きな魔瘴(ましょう)の塊を穿(うが)ち抜き、何も見えない闇の中を、どこまでも落ちて行った……


 


 ………………。

 



 ……体が、重い。視界が赤黒い闇で染まっている。


 魔力を使い過ぎたのもあるだろう。だが何よりの原因は、私の体が魔瘴の中に沈んでいるせいだ。


 見えてはいた。怪獣(ミノタウロス)の下半身が魔瘴のプールに浸かっていること。

 しかしその水面から下が何もないとは、考察が及ばなかった。つまり巨大な上半身だけが、魔瘴から「生えて」いる状態だったらしい。


 怪獣の腰の辺りで落下の勢いが削がれたところを、うまいこと地上に脱出できればいいなとか楽観視していた私は、まんまと魔瘴の(プール)の底に沈む羽目になったのである。


『まったく、本当に面白いやつだおまえは』


 すぐ(そば)から、声が聞こえた。


 ──アリオスくん。


 声になっているのかわからないけれど、私は彼の名を呼ぶ。


『絶対に倒せないよう設定さ(つくら)れた迷宮の主(ミノタウロス)を、倒すとは』


 呆れたように。そして、嬉しそうに。


『おかげで、迷宮の主(ダンジョンマスター)としての管理者権限を取り戻せたよ』


 誰かが私の体を、優しく抱き上げてくれるのを感じた。つづく上昇感。

 遠くから、私の偽名(エリオット)()ぶ声がふたつ、聞こえてきた。きっと、影狐とマリカだ。


『おまえの名前、エリオットというのか』


 赤黒い闇が、ぱっと光に転じる。魔瘴の中から抱き上げられた私は、赤黒い水面の真ん中に浮かんでいた。

 その水面が、まるで瘴粘(スライム)のように蠢いて人型に盛り上がり、魔鎧をまとった私を軽々とお姫様抱っこしているのだった。


 これは私の限りなく深読みに近い考察なのだけれど、このプールに溜まった魔瘴がすべて巨大な瘴粘(スライム)で、そこから小さく分裂した瘴粘(スライム)が迷宮の各所で状況を把握、制御していたのではないか。

 第二区郭で対話したアリオスの声もきっと、直後に見かけた瘴粘(それ)を介したものだったのだろう。つまりこの大瘴粘(メガスライム)こそ、迷宮に魔物を生み出しすべてを統括する迷宮の主(ダンジョンマスター)=アリオス、そのもの。


「私のほんとうの名前は、エリシャ……エリシャ・ダンケルハイト」


 うっすらと目鼻の面影が浮かんだ瘴粘(かれ)の顔を覗き込みながら、私は名乗る。きっとそれが、彼がアリオス・フレイザー()()()()()の姿なのだろう。


「……ダンケルハイト……」


 水面を滑るようにプールの端へと私を運びながら、彼は噛みしめるように言った。その声はもう加工(エコー)もなくて、張りのある少年のそれになっている。


「俺がまだ生徒(にんげん)だったころ、同級生にもおまえのように面白いやつがいた。体が弱いくせに、やたら正義感が強くて、賢くて……それから美人だったな」


 彼の腕からプールサイドに降り立った私は、駆け寄るマリカと影狐の方を見やりながら、その言葉を黙って聞いていた。彼が()()()()学園を自主退学したのが、約三十年前だという。つまり、それは。

 

「あいつ──エリーゼ・ダンケルハイトは、健在か?」


 ──アリオスが口にしたのは、エリシャ(わたし)のお母様の名前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ