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33 魔獣、吼える

 「……瘴獄狼(ケルベロス)……」


 ラファエルが、その名をぼそりと呟く。


 ──特撮でも、これほどの大物CGモンスターは、劇場版や年末商戦の玩具の売りどきでないとお目に掛かれない。いやあ眼福眼福。


 などと、ありがたがっている場合でないのはわかっている。

 けれども、瞬時に視点を客観(オタク)化できるのが、この世界における私の強みだとも思えるのだ。


 赤黒い剛毛で覆われた巨獣は、目鼻のない三つの頭部から私たち(パーティ)を見下ろして、裂けた口元を笑みのように歪める。

 そこに、いつかの瘴鬼(ゴブリン)の面影がちらついた。


 迷宮内の魔物は『弱体化』されているのではなく、こちらのレベルに合わせて『調整』されているようだ──それが先遣隊からの報告だったはず。


 つまり、リヒトたち先遣隊(エリート)の強さに合わせて魔物が強化された結果、こちら側にもこんな高位の魔物が出現(ポップ)したという可能性がある。

 更に言うなら、先遣隊の前にこの迷宮に挑んだのは()()二人──試作魔鎧(ジブリール)疑神化皇子(アズライル)である。

 もし、そっちまで合算して魔物の強さが引き上げられているとしたら……?


 それに、第二区郭のエリアボスとも考えられる瘴獄狼(ケルベロス)が、序盤まで移動してきているという事実も見逃せない。

 放置したら、こんな魔物(もの)が地上まで出てしまうこともあり得るのだ。

 

 そして迷宮からいちばん近いのは(うち)の教室だ。


「──ここで倒そう」


 私の決意(ことば)に、うなずく三人。

 その意味を察したかのように瘴獄狼(ケルベロス)も動いた。

 並ぶ三つ首の下で、象のように太い右の前足をゆっくりともたげる。

 その先には蛮刀(シミター)じみた爪が並び、できれば正面から戦うよりも側面や背後に回り込みたいと思ってしまうが、通路の八割を塞ぐ巨体に対してそれは叶わぬ望みだろう。


 パーティ戦の基本は役割分担だと、戦闘理論Ⅰで習った。

 騎士(ナイト)戦士(ウォリアー)が敵と対峙し戦線を固定する。

 遊撃手(アタッカー)魔術士(マジシャン)がそれぞれの得意位置から攻撃を担い。

 神官(プリースト)が治癒や防御で支える。


 このパーティなら魔戦士たる私が戦線を固定する役割だ。

 魔術師(ラファエル)が杖を掲げて目を閉じ、魔力を集中させている姿を横目に捉えつつ、私はひとり瘴獄狼(ケルベロス)の前に歩を進める。左手は上着のポケットにしまい、黒い装甲まとった右手を、無造作にだらりとぶら下げ揺らしながら。

 

 ラファエルに()があるなら、時間さえ稼げばいい。

 背中は影狐に任せればいい。多少の傷はマリカが治癒してくれるはずだ。

 ほんのひと月前のエリシャ(わたし)なら、いくらパーティ戦の知識があっても、こんな風に仲間(パーティ)にすべてを委ねることはできなかっただろう。


 ──今は、違う。


 そういえば、ラファエルと影狐とマリカ、そしてエリシャ( わたし )衿沙(わたし)でちょうど五人──強敵に仲間と力を合わせて挑むのは、戦隊モノの基本。 

 私は大きく敵の間合いに踏み込んだ。


 ぶおんと空気を唸らせ、巨獣の右前脚が襲い来る。

 私は右腕を斜め上に払い、手刀でその先端の爪を迎撃していた。


 零星手甲(レイガントレット)の装甲をまとっているのは右腕だけだが、そこから衣服の下を(ワイヤー)状の簡易素体(スーツ)が全身に伸びていて、全身(フル)纏装時と同様の身体強化を施してくれている。

 効果は三割ほどに落ちるが、魔物相手なら充分だとお父様のお墨付きだ。

 

 唯一の問題は、見た目がほぼほぼガーターベルト(しかも紫色)で、十五歳(エリシャ)にはまだちょっと早いんじゃないかということなのだけど、まあ、誰かに見せるわけでもないし問題はない──ことにしよう。


「影狐、お願い!」

「御意!」


 手刀で爪を弾かれ前脚を()ねあげられた巨獣に対し、私の背後(かげ)から跳びだした影狐は、重力を置き去りに迷宮の壁を駆け上がる。


 前脚と壁の隙間を、忍者刀を抜刀一閃しつつ前傾姿勢で駆け抜けた彼女は、勢いのまま壁を蹴って巨獣の背中に着地──同時に、足元に刀の切っ先を突き立てた!


 ギヴョオォォォォ!


 右端の頭部だけ(・・)が、明らかにまっとうな生物のそれではない咆哮をあげた。


 役割分担でもあるのか、その頭部だけが、背中をざくざく突き刺す影狐のほうに首をねじる。

 残り二つは動じる素振りもない。私の客観(オタク)視点に匹敵する切り替え力、だてに頭三つあるわけじゃないようで、影狐との連携で隙を作るという私の当ては外れてしまった。


 ただし、右前脚は影狐の一閃で深刻なダメージを負ったのだろう、だらりと力なくぶら下がって追撃は来ない。

 とはいえ敵の武器はまだまだある。次は中央の、メラるんを噛み潰してみせた頭が顎をいっぱいに開き、尖った乱杭歯を覗かせて噛みついてきた。


「やれやれ、テーブルマナーがなっていないね」


 上顎のひときわ大きな剣歯をひとつ、私は黒き装甲まとった右手でむんずと鷲掴みにし、それを受けとめる。

 全身にずしりと掛かる重さを、簡易素体(ガーターベルト)に補助された両脚で支える。


 ──エリシャ(わたし)の小さな頭なら丸呑みできるその口の奥で、メラるんの残滓のように、火の粉がひらりと舞って見えた。

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