31 ダンジョン、突入
──そうして私は今、地下迷宮を奥へ奥へと進んでいる。
苔むした長い階段を降りた先に待っていたのは、冷たい空気で満ちた石造りの迷宮。
壁には等間隔に魔力灯が配置され、照らし出された通路の天井も幅も三メートルはあるだろうか。閉塞感はあまりなかった。
そこに挑む我ら攻略パーティのメンバーは四人。
前衛は魔戦士と忍者、後衛が聖女と魔術士で、バランスはそこそこ取れているだろう。
魔術士は、お父様のような魔学者とは別の存在で、魔杖と呼ばれる杖型の多機能魔具を操る、魔力の量と操作に長けた者向けの職業だ。
杖から火球やら冷気やら放つ、イメージ的にはまさに現世の創作における「魔法使い」そのもの。
「地下迷宮って僕はじめてなんですが、ひんやり涼しくて住み心地よさそうですねえ」
で、このなんとも緩い発言と柔らかな声で緊張感を緩和してくれる癒し系美男子が、我がパーティの魔術士ラファエル・パラディオン。
ユーリイの兄にしてリヒト──ことミハイル──の弟でもある、第二王子殿下だ。
「呑気なこと言ってる場合じゃないですよ! はやく先遣隊のみなさんに追いつかないと!」
そして、先輩にして王子であり、魔術士としても学園トップの実力を誇る彼に、これっぽっちも物怖じせず説教かましているのは、肝の据わりっぷりに定評のある聖女──マリカ・マリリアである。
はじめて会ったときと変わらない栗色の二つ結びで、王立学園制服姿に神官職の証である白い手袋を着けている。
──いったいなぜこの陣容で地下迷宮を攻略する羽目になったのか?
発端は数刻前、リヒト率いる学園の精鋭五人パーティが、調査のため地下迷宮内部に足を踏み入れたことにはじまる。
第三王子からの依頼で、身元に疑義のある魔学者が地下迷宮──特に、最奥にあるとされる「魔瘴溜り」や自動機構の制御装置に「悪さ」をしていないか確認するのが、彼らの目的だった。
迷宮入口の重々しい石扉の横には、銀のコップ状の円筒が突き出していて、これが迷宮内部に点在する安息地点と魔線通信──魔紋を織り込んだ特殊な魔糸による「糸電話」のようなもの──で通話ができる。
これを使った連絡の間隔が、一回目から二回目、二回目から三回目と次第に長くなり、四回目はいまだに届いていない。
通信機前に張り付いた、迷宮に興味津々な魔学専攻組の先輩がた(ちなみにうちのお父様の直の後輩ということになる)に届けられた最後の連絡は──
「迷宮内の魔物は『弱体化』されているのではなく、こちらのレベルに合わせて『調整』されているようだ」
──というもの。しかもその通話は半ばで途切れてしまった。
迷宮の入口から数体の瘴犬が出現したのは、そのすぐ後だったというから、内部で何かが起きていることは明らかだ。
そこで不測の事態に備え控えていたラファエルと、生徒ではただひとり魔瘴侵蝕の治療ができるマリカが呼び出された。
しかし、前衛を任せるべき騎士専攻の先輩方は学園内に散った瘴犬の駆除からまだ戻らない。
同じく騎士専攻の担当教師は、現役引退済みのご老体で実戦からは二十年離れているので、こちらも頼れず。
刻一刻と時間が過ぎるなか、再び地下から出現した瘴犬たち。
その脳天を苦無で貫き次々と瞬殺したのは、ちょうど屋根裏をショートカットして中庭に到着した影狐だった。
──ちなみにマリカの村では彼女、正義の忍者としてすっかり英雄扱いされ、ファンクラブまで結成されているとかなんとか。
そして私の方は、子供の躾に使われているらしい。「言うこと聞かないと、黒い鎧がさらいに来るゾ!」って。
それはもう、ダークヒーロー通り越して悪役じゃないですか……まあ、お役に立てているなら何よりです……。
というわけでマリカから感謝責めにされていた影狐と、遅まきに駆け付けた私もろとも、引きずられるようにダンジョンに突入する羽目となったのである。
「久しぶりエリオットくん! 私を狙ってるのなら、地下迷宮にもついてきてくれるでしょ? 私が戻らなかったら、困るものね!」
顔を合わせた途端に、朗らかに言い切りながら満面の笑み浮かべ、ぐいぐいと腕を引かれた。なんて強引な子だろう。なのに、これっぽっちもいやな感じがしないのだから嫌になる。
この巻き込み力には、やはり実感させられる。悪役令嬢には持ち得ないこれが、主人公補正なのだろう。
と、まあそんな経緯で、私達四人は地下迷宮を奥へ奥へと進んでいるのである。
「──先輩、そこの角の先に瘴犬三匹です!」
「はい、りょうかーい」
勘が良いというレベルを逸脱したマリカの危機察知に、応じたラファエルはその長身と変わらない長さの杖を颯爽と掲げ。
「紅蓮と燃やせ──」
湾曲した杖の先端に並んで埋め込まれた五つの魔珠のひとつが、その言葉に呼応して紅く輝き、白金髪に美しく照りかえす。
「──メラるん!」
すぽんぽぽん──と間の抜けた音を伴い魔珠から勢いよく飛び出した握りこぶし大の火球三発には、つぶらな瞳と口角の上がった大きな口がついている。
そのキュートなメラるんたちは、それぞれ軽やかに角の向こうへと飛翔してゆく。
私たちが角を曲がるころ、そこには火だるまでのたうちながら消えゆく瘴犬の姿があるのだった。
そんな調子で後衛が優秀過ぎるため、私と影狐はすっかり手持ち無沙汰である。
──最初の安息地点を通過して第二区郭に突入する、直前までは




