03 ゲームと現実
「──ねえねえ衿沙、これ見て!」
衿沙に向かってそう言ってきたのは、高校時代からのオタ友である奈津美。そう、何を隠そう「エリシャ」は高校時代からの私のニックネームでもあるのだった。
冷静に考えるとけっこう恥ずかしい呼ばれ方だが、慣れてしまったのでもうなんとも思わない。
「このゲームにさ、エリシャって名前のライバルが出てくるの。いわゆる悪役令嬢ってやつ……ほら、けっこう可愛いでしょ」
彼女がテーブル越しに見せてきたスマホの画面には、紫のドレスを着た黒髪の美少女キャラが描かれている。
美少女なのだが、目付きがキツい。底意地の悪さがにじみ出ているキャラデザだ。
「でもめちゃめちゃ性格悪くて、意地悪ばっかしてくるんだよねー」
いま人気絶頂のスマホ向け乙女ゲーム「聖綺士樂園パラディン☆パラダイス」──通称パラパラ。
剣と魔法の異世界を舞台に、主人公は選ばれし聖女として個性的な美形騎士たちと交流しつつ絆を育み、最終的にひとりを正式な「聖騎士」に任命して共に王国の危機を救う。
そして二人は結ばれる、というわけだ。
ちなみに正直、普段の私はこういったゲームにほぼ興味がない。
やりがいのない仕事と上司のパワハラ&セクハラに疲弊する私の日々に癒しをくれるのは、日曜の朝に地球を守り続けている特撮ヒーローたちだから。
「……で、聖騎士任命式典を敵が襲撃したときにこの子が人質になって、国王とか王妃とかみんな殺されちゃう。それでも国は救えるけど、ノーマルエンドにしかならないの」
そのあと彼女は悪女の誹りを受け、第三王子との婚約も破棄、国外追放された挙句に悲惨な最期を遂げて──私の薄い反応を気にも止めず、熱心に語り続ける奈津美だった。
まあいつものことだし、私も先週、同じように特撮における黒系ヒーローのかっこよさを延々と語ったばかりなので、お互いさまでもある。
ただ正直に言えば、私は自分と同じ呼び名の少女の境遇に少し興味がわき始めていた。
「で、頑張ってこの娘と仲良くしていくと、途中からだんだんいい子になってきてね。式典の時も、自分を人質にしようとする敵に、こう凛々しく立ち向かうの!」
「いいじゃない、さすがエリシャ」
いいぞいいぞ。ライバルが味方になるのは特撮的にも私の大好きな展開だ。
「まあ、その場合は逆ギレした敵に殺されちゃうんだけどね彼女。でもそれがきっかけで早めに聖女の力が覚醒して、真エンドになるの」
「……えっ……」
──なんて、救いがないお話だろう。
物語の最良の結末は、彼女の命と引き換えにしか訪れないというのか。
彼女は物語の主役じゃない、むしろ悪役だからしょうがないのかも知れないが、それにしたってあまりにも……。
「なんかねー、名前が名前だけに、ちょっと可哀想だなって……ってなに、泣きそうになってない?!」
「そっそんなわけないじゃん! ……あ、ほら、奈津美の濃厚背脂煮干しラーメン大盛りきたみたいだよ」
「おーっ! これよこれこれー!」
などとその場は誤魔化したものの、同日夜、どうしても胸につかえたままの「エリシャ」のことをもっと知りたくて、私はベッドに寝転びつつスマホから公式サイトを眺めていた。
アニメ化もされているらしく、それだけでも見てと奈津美に前々からゴリ押されている。今ちょうど、最終話直前のクライマックス回がネットで視聴可能になっていた。
──その赤と黒で染まった不穏なサムネイルに、少しだけ躊躇してから、指先でそっと触れた。