28 緊急事態
エリシャが敢えて悪役令嬢を演じていた、ということは理解した。
そうだとして、今の私は同じことをするべきだろうか。
だって、自分だけを悪者に──犠牲にするなんて、結局あの悲劇的結末となにも変わらないじゃないか。
──ねえ、エリシャ。私達でもっと良いやり方を、探そう?
私は自分の中にそう語りかけて、それから口を開いた。
「……そうね……すこし、やり方を変えてみようと思っていたの」
「ふうん? それは、どんなふうに」
「まだ考えてるところ。ただ、ひとつお願いがあって」
訝しげに問いを返すユーリイの目を、まっすぐに見つめ。
「あなたにも、手伝ってほしい」
そう訴えかけた。これは、賭けだった。
ここまでのやりとりで、どうやら彼がエリシャを大好きだということはだいたいわかった。
エリシャとしてはあまり認めたくないようだが、衿沙さんの目は誤魔化せないぞ。だからこそ、彼はエリシャの変化を敏感に感じ取って、別人とまで言い切ったのだろう。
「……えっ……」
意表を突かれて固まる彼。まさかエリシャが──誰のことも信じない孤高の彼女が、自分に頼ってくるなどありえないと思っていたことだろう。
彼はそのことを、別人だからと受け取るのか、それとも。
「……俺に、なにをしろって言うんだ? いや、まだ君をエリシャと認めたわけじゃない……けどまあ、話ぐらいは聞いておいても、いいだろう……」
急に眼を泳がせながら、言い訳じみた言葉をもごもごと口にする。──そう、別人と受け取るか、それとも大好きなひとに頼られた嬉しさが勝るか、という賭け。
結果は少なくとも、私の大敗けはなさそうだ。
「だから、それはもう少し考えさせて。けどあなたが協力してくれるなら、きっとうまくできると思うの」
言って、ふわりと微笑んで見せる。それは心の底から、エリシャと衿沙の総意だった。
第三王子であり、頭も切れる彼が味方になってくれるなら、これほど心強いことはない。
「……ああ……わかったよ。まだきみを、エリシャと認めたわけじゃないが」
すこし私の微笑に見惚れてから、彼は言った。そしてふと思い出したように手をぽんと叩き、言葉を続ける。
「それともうひとつ。きみのお父様の話だ」
言われてみれば、もともとそれで呼び出されたのだった。
一難去ってまた一難か……と私が内心で頭を抱えかけたとき、唐突に、教室の外から何やら喧騒が聞こえはじめる。
数人が廊下を走っていく足音がして、私は驚いてそちらに目を向けた。
それは本来、厳格な校則のもと絶対に禁じられている行為である。
どうやら、何らかの非常事態が起きているようだ。
『エリシャ様。外から聞こえる声を拾ったのですが』
姿なきミオリの囁き声が、耳元にそう告げる。
つい先日、彼女のこういった遠聞・遠話は「風話」という忍術だと教えてもらったばかりだ。
で、そもそも忍術とは何かと言えば、忍道具と呼ばれる専用の魔具とその使用技術をまとめて体系化したもの──と、ここまでは話してくれたのだが、それ以上は門外不出とのこと。
『学園内に複数の魔物が出現したようです』
「──なんですって?!」
想像以上のありえない話に、私は思わず声に出して聞き返していた。




