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19 たちのぼる黒煙

「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」


 父は、そう断言していた。


 もう理解が追い付かない。それに、だとするとおかしな点もある。


「だけど、彼の額には……」


 彼が致死率九割超の擬神化(チート)魔紋を刻印されていたのは、理屈が通らないのではないか。


「ああ。擬神化(チート)のことも気付いていたか。しっかり勉強しているようだね」


 いかに帝国が禁呪「転移門(ゲート)」を平気で使う国だとしても、「擬神化(チート)」は禁呪としての意味あいが違う。

 皇帝の後継者に対して、そんな危険な刻印を施すことがあるだろうか。


「……帝国の現皇帝は、征服した大陸中のあらゆる国々から、美姫や才媛をかき集めては後宮に押し込めているそうだ。コレクションでもするようにね」


 私の疑問に対し、父は少しためらってから、言葉を選びつつ話を続ける。


「だから僕はきみを……いや、その話はいい。とにかく皇帝は後継者(こども)に事欠かない、それどころか『有り余っている』のだと聞いたことがある」


 父が言い淀んだこと、衿沙(わたし)にはわかる気がした。

 自分で言うのも少しおかしいが、もし王国が帝国の支配下になれば、エリシャ(わたし)ほどの美少女をそんな皇帝(エロジジイ)が放っておくはずもない。

 あるいは、そのあたりも加味したジブリールとの取引きだったのかも知れない。


「帝都にある後宮の広大な裏庭は、母子の眠る墓で埋め尽くされているともいう。ジブリールは帝国の内情には口を(つぐ)んでいたから、あくまで交易商人から聞いた噂の域を出ない話だが」


 確かにそれが事実であれば、彼の額の魔紋にも納得できてしまう。

 しかし、それはつまり百人の異母兄弟姉妹の命の上に刻まれたということにもなり得る。

 いったいどれほどの重みなのだろう。

 それとも、あの尊大な彼にとっては当然のものなのか。


 私がこれから立ち向かう運命の、その先にあるアスラフェル大帝国という黒幕には、想像以上に深い闇の色がまとわりついているのかも知れない。


「──エリシャ様、ほんとうにお体だいじょうぶなのですか?」


 思考の底に沈んでいた私を、ミオリの声が呼び戻してくれた。

 ごめんね、特撮好きは考察好きなの。


「ええ、だいじょうぶ。すこし考えごとをしていたの」

「なら、良いのですが……。それと、あちらを」


 心底から心配そうに柳眉を寄せて言って、それから、視線で車窓の外を示す。

 すでにダンケルハイト領から出た道が林の間を抜け、開けたのは田園風景。


 崖上に広がる王国の大地は、決して肥沃ではない。

 ゆえに建国初期、ミオリ同様の東方にルーツを持つ人々が持ち込んだ水耕栽培が、広く定着したのだという。


 まだ田植え前、水だけ張られた水田が曇天を映す。

 その向こうに見える村落から、数本の黒い煙のすじが上空に立ちのぼっていた。


 忍びの遠聴きの術的なものだろうか。耳に片手を添えて、ミオリは言う。


「いま、あの村は魔物(マモノ)に襲撃されています」


 その言葉に私は、右手首の黒い纏装輪具(ブレスレット)を、添えていた左手で強く握りしめていた。

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