17 試整零型《プロトゼロ》
「──うん、確かに手甲と同じ組成だね。鎧を緊急発現させた畜魔器という可能性あるが、それにしては保持性の追求が不自然。まるで、なにかの武器の持ち手のようだ」
ミオリの座っていた椅子に腰かけ、謎魔具を左見右見しながら、すっかり魔学者の顔になって父は言った。
「これは僕に少し貸しておいてもらえるかな。研究資料は奪われても、脳内にちゃんと残っているからね」
そして誇らしげに自身の額を指し示す。
対する私は、話を逸らすことに成功してようやく胸を撫でおろしていた。
やはり父は生粋の魔学者なのだなと、少し呆れつつも安心する。
ちなみに私の体の痛みのほうは、とりあえず動かさなければ平気のようだ。
力を入れると、特に胸から右腕にかけてが突き刺すように酷く痛むが、耐えられないほどでもない。
かつて週一で通っていた駅前のカルチャースクールの殺陣教室も、翌日はこのくらいの筋肉痛に襲われたもの。
おそらくこの痛みもそれと同じで、急激に魔力を放出したことによる「魔力痛」なのだろう。
「……それと、お父様にひとつお願いがあるのですが」
「なんだい? 僕にできることなら──いや、きみの望むことなら、なんとしてでも叶えてみせるよ」
父は、真剣な眼差しを向けてそう応えてくれた。
それは、アニメであの襲撃の日を見たときから浮かんでいたことだ。
そして魔戦士の鎧を纏う経験を経たいま、私が運命に立ち向かうために必要なものはそれしかないと思える。
「──私に、魔鎧を作っていただきたいのです」
敵には敵と同じ力で対抗する。
古より、特撮におけるひとつの定石でもあった。
しかし、父は眉間に深々と皺を寄せながら答える。
「たしかに研究資料は脳内にある。でも残念ながら、魔紋を二次複製できるところまでは解析が進んでいないんだ」
「そう、なのですか……」
私の相槌に頷きながら、言葉を継ぐ。
「ああ。だから魔玄籠手がない状態では、魔鎧を新たに作ることはできない。……いま思えばジブリールは、最初から籠手を奪い去るつもりだったのだろう」
だめなのか。私が私の力で運命をねじふせるには、それしかないと思ったのに。
「それにしても、きみはほんとうにエリーゼに──母さんに、似てきたね」
だが父は落ち込む私に向かって、母の名とともに、なぜか今日いちばん穏やかな表情を浮かべている。
そしてガウンのポケットから、手のひらサイズの黒い箱を取り出していた。
「きみの母さん──エリーゼは生まれつき体が弱かったけど、魔力と心のとても強い、そしてみんなに優しい人だった。それは、きみもよく知っているね」
エリシャは、無言で大きくうなずく。
「幼なじみの僕は彼女に『うちの神遺物を研究させてあげるから、私を強くする魔具を作りなさい』なんてことをずっとずっと言われ続けて……いつしかそれが、自分自身の夢にもなっていたんだ」
父は穏やかに思い出を語る。ゆっくりと、箱の蓋を開けながら。
「彼女はいつも言っていたよ。強くなって、魔物や帝国から自分が領民を守るんだってね。結局、完成まで待っていてはくれなかったけど……」
そして開いた箱を私の方に、そっと差し出す。
「いま、きみが魔鎧を自ら望んでくれるなら、父と母の夢を託そう」
そこには鐵色に鈍光る腕輪が収められていた。
どことなく、ジブリールの右腕にあった試製壱型の赤い腕輪に似ている。
「魔黒手甲により近いこれは、ダンケルハイトの血族しか──つまり、この世できみしか使えないだろう。ジブリールも存在を知らない、これが最初の魔鎧」
体の痛みも忘れて私が差し出した両手のひらに、父が置いてくれたそれはひんやり冷たくて、思ったより軽い。
よく見ると、側面にはダンケルハイト家の鷲獅子紋が刻まれている。
「試整零型『星牙』──その纏装輪具だ」
父の声は、誇らしげだった。
「ジョウ……ガ……」
「東方風のネーミングは僕の趣味だけど、試験運用のときエリーゼは、こんな風に叫んでいたな」
片手を天に掲げた父は、優しく微笑みながら母の変身を再現してみせてくれた。
「纏装──零星牙、ってね」
──翌朝。私はミオリともに、王都に向かう馬車に揺られていた。
右腕にはもちろん、黒い輪具が輝く。
その力を振るう機会は、思いのほか早く訪れる。




