14 疑神化《チート》
「転移門」と並ぶもうひとつの禁呪、それが「擬神化」である。
──魔紋の人体刻印。
禁呪である理由は、前者とは異なりとても単純だ。
刻印は魔力の成長期前である五歳以下の幼な子にしか施せない。
そして想像を絶する痛みを伴う施術の結果、九分九厘が適合できず死に至る。
あまりにも人道に反した所業なのだ。
ライル──いや、アズライルと呼ばれた彼の、魔鎧の一撃に(たとえ示しあわせて受け身を取っていたのだとしても)耐え得る頑丈さ、瞬間移動としか思えないほどの速度。
彼の額で仄蒼く光る蜘蛛の刻印は、あらゆる身体能力を飛躍的に高めるという「擬神化」の魔紋に違いないだろう。
「エリシャっ!!」
父の声が鋭く響き、ミオリはその傍らでナイフを放ちつつ、前傾姿勢でこちらに駆け出す。
アズライルの剣はギロチンのような無慈悲さで、装甲に覆われていない私の華奢な右肩に振り下ろされてゆく。
──私はそれらの光景すべてを、スローモーションで目の当たりにしていた。
脳があらゆる処理能力を危機回避のみに集中することで発生する、体感時間遅延現象かも知れない。特撮の演出に使われていたとき調べたので知ってる。
とは言え、自分の体もスローでしか動かない以上、凶刃をかわすことはできそうにない。
結局のところ、私には破滅を回避することができないのか。
やはり、人の身で運命に抗うことなど不可能なのだろうか?
──いいえ! いいえ!!
頭の中に響いたのは、エリシャの声だ。
現世では悪役令嬢などと呼ばれる少女の、強くてまっすぐな声だ。
そして私は思い出す。
衿沙の好きなヒーローたちもまた、どんな逆境でも諦めたりしなかった。
誰かを守るためならば、絶対に退くことはなかった。
──そうだ。私はエリシャを守ると決めたのだ。
ならどうすればいい。諦めずに考えよう。
こっちは考察大好きな特撮オタクなのだから。
いま魔黒手甲から形成された装甲は二の腕までしかカバーできていない。
だが、この手甲を元に作られたジブリールの紅い魔鎧は、彼の全身を覆っている。
ならば同じことを本物にもできるのではないか。
充分な魔力を供給できれば、肩部まで装甲を生み出し斬撃を防げるのではないか。
私は左手に握ったままの紫水晶を、さらに強く握りしめた。
エリシャを守るため──お母様、どうか私に力を貸して。
胸の奥から湧き上がり右腕に流れ込む魔力が、加速する。
いまここで、すべて出し尽くしてもいい。
刃が寸前まで迫るなか、魔黒手甲の装甲の端から溢れた紫の炎が、私の肩をゆっくり覆っていく。
それが凝結して黒い装甲に──ならなかった。急激に、魔力の流れは停滞していた。
──ッ!?
魔力の通路になっていた胸から右腕を、凄まじい激痛が襲っていた。
そのせいで集中がかき乱されている。
ずっと「オマモリ」に制限されてきた魔力をあまりに急激に放出した、反動がいま襲ってきたのかも知れない。
──それでも! 私は守ることを諦めない!
『……そう、それは誰かが誰かを守るために遺した力』
そのとき、頭の中に誰かの声が響いた。
エリシャの記憶のなかのお母様と似た、静かで凛々しく、けれど優しい女性の声だった。
魔力が、爆発的に溢れ出す。──手甲の内側から。
それは濃紫の烈火となって私の体を呑み込みながら、炎の形状を遺した漆黒の重装甲に凝結し、瞬く間に全身を鎧い尽くしていた。
──客観で見えずとも、わかりきっている。
兜からは巨大な双角が天に伸び、仮面は悪鬼の如き憤怒の形相、その中で紫水晶の双眸だけが鎮かに燿いていることだろう。
その姿こそエリシャが絵物語で憧れ焦がれた漆黒の魔戦士、ダンケルハイトそのものだ──!




