表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/71

11 試整壱型《プロトワン》

試整壱型(プロトワン)! もう、そこまで……」


 傍らで魔鎧(それ)を目にした父の顔には、驚愕と、恐れとが浮かんでいた。


 アニメで見たそれは全身が血のように真っ赤だったが、ジブリールのまとう魔鎧はところどころのパーツが不完全なのか灰色で、刻まれた幾何学状の魔紋がむき出しになっている。

 

「卿! こんな場所で魔鎧(それ)を使うなど!」


 主の暴挙に、ライルが非難の声を挙げた。


「──(うるさ)い」


 対してジブリールは吐き捨てながら右腕を横薙ぎし、自らをかばっていたライルの胴を殴打していた。

 それだけで彼の体は軽々と宙に舞い、激突した資料棚を三列ほど将棋倒しにする。


 崩れた書類や器具に埋もれ、彼はぴくりとも動かなくなった。


 生身の人間があの速度で吹き飛んだ事実から、その一撃の威力と、ライルが無事では済まないだろうことは理解できた。

 それでも私は一歩も引かずに、ジブリールの鉄仮面で紅く仄光る、柘榴石(ガーネット)が埋め込まれたような(クサビ)形の双眸を睨みつけていた。


「だめだエリシャ、危険すぎる…… 逃げてくれ……」


 机の傍らで、どうやら腰が抜けてしまったらしい父が、それでも私の身を案じて声を上げてくれる。

 たしかに危険なのだろう。

 昨日までの、ただのOLだった私なら、迷わず逃げていただろう。厄介ごとからはいつも逃げて我慢して、そのまま目を逸らして生きてきた。


「いいえ、お父様。ここで逃げたら私は──」


 それじゃあ決められた運命(ルート)のまま、まっすぐ破滅に向かうだけだ。

 私の中で、ダンケルハイト家令嬢としてのエリシャ(わたし)も、逃げることなどないと誇らしく背中を押してくれる。


「──エリシャ様──」


 そのとき耳元で、私にだけ聞こえるようにミオリが囁いた。


「…………」


 私も、彼女にだけ聞こえるように答えて、微かにうなずく。


「いやはやなんとも見上げた胆力、気に入りましたよエリシャ嬢。私はこう見えてもね、そういう女を力で屈服させるのが大好きなんだ」


 ジブリールはねっとりと話しながら、机上の記憶盤(ディスク)を紅い装甲で覆われた右手で拾い上げ、さらに魔黒手甲(マガントレット)へと指先を伸ばした。


「ミオリ!」

「──はい!」


 合図と同時に私は、スカートの裾を両手で持ち上げながら体勢を低くする。

 その頭上を、ミオリが両手から放った無数のナイフとフォークが銀の流星群と化して(はし)った。


「はは、まだランチにも早い時間ですよ?」


 紅い装甲のそこ此処(ここ)に当たっては金属音を響かせ床に落ちる食器たちを、ただ嘲笑うジブリール。

 だがそれは想定内。

 本命はナイフとフォークにまぎれ顔面に飛ぶ、二本のスプーンだ。


「あ?!」


 ジブリールの鉄仮面の、紅い柘榴石(ガーネット)の両目を覆うように、スプーンの丸い頭がぴたりと貼りついていた。


「ふざけた真似をッ」


 唐突に視界を奪われ、先ほどまでの余裕はどこへやら(わめ)きつつ両手でスプーンを引き剥がそうとする。

 しかし、そこにたっぷり塗られた接着剤(トリモチ)は蕩けたチーズのように長々(びろーん)と糸を引き、なにやら愉快なポーズになっていた。


 ──その隙に私は机に駆け寄ると、いっぱいに伸ばした手で魔黒手甲(マガントレット)を掴み取る。


「舐めるなよ小娘が! それはもう俺のモノだ!」


 顔面をかきむしりようやく視界を取り戻したジブリールが、激昂しつつ手甲を奪い取ろうと赤い手を伸ばしてくる。

 掴まれれば、魔鎧で強化された力には絶対に敵わない。


「いいえ、これは──」


 何の勝算もない無謀な行動ではない。

 この危機を打開する鍵は、すでに私の()にある。


「──私のための(モノ)!」


 ダンケルハイト家の血筋の者にしか起動できない、魔戦士の腕を守りし神遺物(レリック)──その黒く凶々しい、けれど意外と軽くて小振りな手甲に、私は右手を差し入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ