01 黒き魔鎧の悪役令嬢
「聖女様、私めの背に!」
凛然と言いはなつは、陽光にきらめく金髪の麗しき聖騎士。
その白く高貴な礼服の背で、空色の法衣をまとう愛らしき少女をかばいながら。
目の端で二人の姿を捉えた私の胸に、チリリと微かな羨望がくすぶる。
周囲は、怒号と悲鳴がない混ぜの喧騒で包まれていた。
荘厳な聖騎士任命式典の上空に、突如として開いた禁呪『転移門』の黒い穴。
その向こう側から出現した帝国兵士の急襲で、王城庭園はパニックに陥りつつある。
──さて、そろそろかしら。
そのなかで、私は優雅に紅茶のカップを傾ける。
「いたぞ! こいつが侯爵令嬢だ!」
暴力に酔い痴れた声が響く。
血のように紅い鎧で全身を覆う帝国兵たちが、豪奢な紫のドレスに長い黒髪の少女──つまりこの私、ダンケルハイト侯爵家令嬢・エリシャを取り囲んでいた。
悠然とカップをテーブルに置き、周囲を見渡す。
彼らの鎧は体の線に近いスマートなシルエットで、一見すると軽武装にも思えるけれど、実態は魔力を凝縮して装甲化した『魔鎧』と呼ばれる魔装甲だ。
鉄壁の防御力のみならず装着者の身体能力をも格段に強化するそれを前に、王国兵士の通常装備は成すすべもない。
「我らに従っていただければ、あなたの命だけは保証しましょう」
ひとり進み出た帝国兵が、表情のない鉄仮面の下から紳士的に脅迫する。
彼の魔鎧は他と違って、各所に黄金のラインが走っている。指揮官用といったところか。
「そ、ご丁寧にありがとう。けれど──」
私は知っている。
ここで彼の言葉に従い人質となれば、そのせいで国王様と王妃様の命をはじめ、王国にとって取り返しのつかない数多の害が及ぶことを。
その逆境のさなかで、さきほどの騎士殿が聖女様から愛の証として「絶聖の加護」の力を授かり、聖剣片手に一騎当千の大活躍のすえ帝国軍を退けることも。
そうして私は、我が身のかわいさに王国を滅ぼしかけた悪女として断罪され、第三王子との婚約も破棄、国外追放の憂き目にあう。
挙句、流浪の道のりで野盗に襲われ、なにもかも奪われ、ひとり惨めに生涯を終える。
まさに、破滅のさだめの悪役令嬢というわけだ。
まったく冗談じゃない。だからそんなものは──
「──お断りさせていただくわ」
私は毅然と吐き捨てた。
その態度が鼻についたのだろう、噴出する帝国兵たちの殺意に私の白い肌が粟立つ。
彼らの魔鎧には人間の残虐性を引き出すという副作用──ただし戦場においては副次効果──がある。
ゆえにこのまま要求を断った場合、私は彼らに蹂躙されて、見るも無惨に殺されてしまうだろう。その結末もまた、私は知っていた。
けれど、あきらめたわけじゃない。むしろ逆。
すっ──と天に掲げた右の手首には、ダンケルハイト家の鷲獅子紋が刻まれた黒い腕輪が輝く。
そう、今の私には「これ」がある。
「纏装──」
左手の指先を鷲獅子紋に添えて、私はその銘を高らかに呼んだ。
「レイ! ジョー! ガーッ!」
紋から溢れた紫の炎が全身を包み込んで、一瞬後、散華する。
火の粉のなか凛と立つ私は、悪魔の如き漆黒の魔装甲──魔鎧を全身に纏っていた。
「──バカな!? 王国に魔鎧は存在しないはず!?」
「なんという禍々しい姿……凄まじい魔力……」
動揺する帝国兵たちの声に重なって、彼らの魔鎧から、ヴーンと小虫の羽音のような音が鳴りはじめる。
「これは……我らの魔鎧が……震えているのか……」
後ずさる彼らを追い込むように一歩踏み出すと、私は優雅に言い放つのだ。
「さあ、仮面舞踏会の開宴よ──!」
──黒き魔鎧レイジョーガー、運命に抗う私の変身。
鋼の魔拳が悲劇をぶち砕く、この英雄譚の幕が上がったのは、半年前の静かな朝のことでした。