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ショート バイバイ

作者: 間の開く男

 つい最近の彼の行動を観察していて気がついた事がある。本をよく読むようになったのか、書店や図書館に寄ることが多くなった。コンビニで立ち読みなど今までしていなかったのに、若者に混じりながら。夏の虫がガラスにぶつかる音も気にせず、店員の咳払いなども聞こえないようで。棚に戻そうとしたタイミングで経過した時間に気付いたのか、そのままレジに持っていく姿が可愛かった。

 

 彼が出すゴミも変わった。紙くずが明らかに増えた。時々空になったボールペンの芯が飛び出ていて危ないので、詰め直してテープで補修し、収集業者へと手渡しする。他の誰かに見られたくないし、業者さんが怪我するところは見たくない。

 

 PCを覗く時間も増えて、この角度からじゃよく見えないけれど多分……文字がたくさん載っているサイトをスクロールしている。夜はバックライトがあるから拡大すればなんとか読み取れるけれど、昼間の時間帯だと白飛びして見えづらい。

 

 食生活は前より悪くなった。時間があれば机に向かっているし、以前は野菜やフルーツなどを食べていたのに、カップ麺ばかりになっている。心配だから栄養剤を箱で買ってドアノブにぶら下げたけれど、瓶が捨てられていないからまだ飲んでいないんだと思う。

 

 月の見えない夜、彼がこっそりとゴミ袋を捨てに来るのが見えた。私はサンダルを履いて急いで道の角まで移動し、彼がアパートへと戻るのを確認してから、回収した。他の曜日と違って燃えるゴミの日は軽いから片手でもラクに持ち運べる。周辺住民に見られたら面倒なので、手早く玄関の中へと運び入れた。

 

「これを読んでいるキミへ」

 しばらく前から気付いてました。これを書くために僕は文章の練習をして、なんとか説得出来るようなものを書こうとしていたのですが、やはり無理なようです。才能のある人が羨ましいとは思いましたが、上手くてもキミを説得できなければ意味がありません。

 なので、下手なら下手なりに伝えようと思い、わざと夜に出したのです。

 

 バイバイ。僕の書いた物を読んでくれた、最初で最後の人。

 

 

 私は、原稿用紙半分に満たないこの文章を読んで鞄をつかみ裸足のまま駆け出した。

 

 買い込んだ原稿用紙の残り枚数は少なくとも10枚。書き損じたものを全てを捨てていて、私が見逃したのでなければの話だ。

 ここで1枚消費して、残り9枚。昨日の買い物で大判の茶封筒だけ買っていた。

 

 切手は無い。これは以前侵入した時の記憶と監視カメラの情報からの推測でしか無い。

 仕込んだバックドアから登山用ロープを検索していたことも分かっている。

 

 嫌な情報の流れが頭の中で一つにまとまる。

 彼の部屋の合鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。

 

 揺れる足が私を出迎える。それを肩に担ぎながらワイヤーカッターを取り出して、彼の首元をロープから解き放つ。よろめきながらも彼の体を廊下へと降ろし、気道を確保する。首元に出来た赤い擦過傷から組織液が滲んでいるが、顔が段々と血色を取り戻してゆく。救急車を呼ぶべきか迷ったが、これ以上彼を無闇に苦しめるつもりは無かった。もう一度同じ選択を繰り返すのなら、それも見届ける。

 

 涙を不法侵入の証拠として残しながら、鍵をかける。

 この距離感は変えたくないし、命の恩人だなんて思わせたくもない。

 

 私をまっすぐ見てくれた時に、私から言いたいの。私の告白を断ったアナタに。

 ごめんなさい、アナタのような人とはお付き合いできないんです。バイバイって。

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