クモをつつくような話 2019~2020 その6
この作品はノンフィクションであり、実在するクモの観察結果に基づいていますが、多数の見間違いや思い込みが含まれていると思われます。鵜呑みにしないでお楽しみください。
10月25日、午前6時。晴れ。気温7度C。
隣の部屋の玄関先にいたナガコガネグモが姿を消していた。夜間に移動する動物の観察は難しいのである。多分、春になったらまた会いに来てくれるだろう。その時は当然クモの糸で機織りをしてくれるはずだから、それを都へ持って行って大もうけだ。ああっと、春までに機織り機を用意しておかなくちゃ。それにワンルームでは丸見えだから間仕切りもいるなあ。〔罠にかかっていたわけではないぞ〕
まあ、クモの糸で織られた反物で着物を作ってもベタついてしょうがないかも……。いや、きわめて着崩れし難い着物ができるかもしれない。いやいや、むしろドレスにすればピッタリフィットして体の線が……〔一度着たら二度と脱げない、ほとんどボディペインティングのようなドレスになってしまうぞ〕
世の中はうまくいかないものだ。〔うまくいく要素がどこにあるんだ!〕
※クモの糸のような優れた性質を持つ繊維を作ろうという研究は実際に行われているそうだ。男のロマンなのだなあ。体に密着するドレスを作るためではないだろうとは思うが。
午前9時。気温15度C。
オニグモの姉御の円網はほとんど枠糸だけになっていた。昨夜はかなり強い雨が降ったからそのせいだろう。オニグモの糸は雨には弱いということなのかもしれない。
ジョロウグモの15ミリちゃんはきれいな円網を張っていた。これは雨がやんでから張り替えたんだろうと思う。雨ニモマケズ風ニモマケヌ強イ横糸を持っているわけでもあるまい。
面白いのは15ミリちゃんの隣にいる体長10ミリほどのジョロウグモで、直径20センチちょっとの円網には体長2ミリ以下の羽虫が約90匹くっついていた。雨上がりで暖かい日が来ると羽虫が一斉に飛び立つこともあるのだろう。この羽虫を全部集めればかなりの量になりそうなのだが、10ミリちゃんはこれを食べる様子がない。これは獲物がかかっているのに気が付いていないということなんだろうと思う。つまり、自分の10分の1くらいの大きさの獲物は認識できないということだ。あるいは、次に円網を張り替える時に古い糸と一緒に食べてしまうのかだな。こちらの方が可能性としては高いかもしれない。体長2ミリ以下ではいくら暴れても円網から外れることはなさそうだし。
ナガコガネグモのおかみさんは今日も所在なげにたたずんでいる。もう1週間くらいは絶食しているはずだ(作者の見ていないところで獲物を食べて、円網も張り直しておくというアリバイ工作をしていれば別だが)。さすがにこの時期では婿入り先を探している雄も少なくなっているのかもしれない。新海栄一著『日本のクモ』によると、ナガコガネグモの成体が現れる時期は「8月~11月」となっているからまだチャンスはあると思うが……。あれ? それならお隣ちゃんは何のためにさまよっていたんだ? もしかして、今年中に成体になるのを諦めて越冬することにした変わり者だったんだろうか? こうもお婿さん候補が少ない状況ならそれもまた十分に勝ち目のあるギャンブルなんだろうかなあ。
10月26日、午前7時。
他のジョロウグモたちがより高い所を目指して引っ越していく中、地上60センチの場所で頑張っていた体長12ミリほどの変わり者のジョロウグモが姿を消した。ジョロウグモにしろ、ナガコガネグモにしろ、体が小さい子ほど早めに姿を消す傾向があるような気がする。これは今シーズン中に成体になるのを諦めて、来シーズンのために休眠に入ってしまうということなんじゃないかと思う。そうとでも考えないと、大きさがバラバラの同種のクモが共存していることを説明できないだろう。
※ジョロウグモもナガコガネグモも個体の寿命は1シーズン限りで、卵で越冬だそうだ。ただし、ナガコガネグモの場合はその年のうちに出囊することもあるらしい。
オニグモの姉御は今日も姿を見せていない。円網も枠糸しか残っていない。これは、また引っ越したか、休眠に入ったか、あるいは産卵かもしれない。ただし、獲物は頻繁にあげていたから引っ越しする理由があるとは思えないし、休眠するには大きすぎるような気がするし、かといって成体と言うにはギリギリの大きさだ。ウィキペディアには「産卵は8月~9月にかけてで……」と書かれているし、新海栄一著『日本のクモ』には「成体の出現期は6~11月」と書かれているから姉御も越冬して来年の夏に産卵するつもりだとしてもおかしくはないのだが……。
ジョロウグモの15ミリちゃんには体長10ミリほどのアリをあげた。するとこの子は、第一脚と第二脚でチョンチョンして、牙を打ち込んだ後は獲物の抵抗が弱くなるまで咥えたまま待ち、それからホームポジションに持ち帰って捕帯を巻きつけるのだった。相変わらずゆっくりした狩りである。
そこで気が付いたのだが、ジョロウグモのように小型の獲物にまず牙を打ち込んで、ホームポジションに持ち帰ってから捕帯を巻きつけるというやり方だと円網に大穴が開かないのだな。これもゴミを取り付けたバリアーと同じようにリスクもコストも減らして地道に成長していこうという戦略を表しているような気がする。
それは隣にいる10ミリちゃんを見てもわかる。昨日10ミリちゃんの円網にくっついていた約90匹の小さな羽虫は22匹に減っていたのだ。円網の3分の1くらいの扇形のエリアには羽虫がくっついていない真新しい横糸が張ってある。つまり、一度に食べきれないほどの獲物がかかったので、何日かに分けて食べようということらしい。一気に張り替えずに部分的に替えていくクモというのは初めて見た。長生きはするもんじゃなあ。
ジョロウグモの洗練された狩りを見ていると、ナガコガネグモの獲物が大きかろうが小さかろうが、円網が傷むのにもかまわず、何も考えずにガッツリ捕帯を巻きつけて獲物が身動きできない状態にしてから牙を打ち込むとか、食欲がなくても円網を張り替えて、かかった獲物に捕帯を巻きつけてしまってから食欲がないのを思い出して、結局食べないというような狩りがひどく野蛮なやり方に思えてくる。ただし、ナガコガネグモが大量の捕帯を巻きつけるのは、大型の獲物にいきなり牙を打ち込んでも抵抗が弱くなるまでに時間がかかるので、獲物の動きを封じることを第一にせざるを得ないという事情があるからだろうとは思う。
ナガコガネグモの15ミリちゃんに体長8ミリほどのガをあげたら、ジョロウグモのようにまず牙を打ち込んで、ホームポジションに持ち帰ってから捕帯を巻きつけた。小さな獲物ならそういうやり方もできるということらしい。
10月27日、午前7時。
オニグモの姉御がまた円網を張ってしまった。ただし、今回は直径約30センチである。それだけ食欲がないということになるだろう。こうして円網を張らない時間が長く、円網も小さくなっていって、ついには休眠に入るということなのかもしれない。とりあえず体長8ミリほどのガを1匹、円網にくっつけておく。
ナガコガネグモの15ミリちゃんと6本脚ちゃんは円網にくっつけてあげたガを外して捨ててしまった。ナガコガネグモが円網にかかった獲物に捕帯を巻きつけずに逃がすという行動は初めて見た。これも一種の冬支度なんだろうか?
ナガコガネグモのおかみさんはいまだにお婿さん募集中らしい。もしもお婿さんが現れなかったらこのまま休眠するんだろうか? それとも無精卵を産んで死んでいくのか? ナガコガネグモのようにお婿さんがやって来るのを待つしかないという生態ならお婿さんが現れなかった場合のリカバリーシステムを備えていてもおかしくはないとは思うのだが……。
ナガコガネグモたちが元気をなくしているのに対して、ジョロウグモの15ミリちゃんは食欲が衰えていない。作者の自宅周辺では1月になっても円網を張っているジョロウグモがいたこともあるから、小型昆虫は太陽光を浴びるだけで飛び立てるような体温になるのかもしれない。
お尻を右側へほとんど直角に倒している体長12ミリほどのジョロウグモもいた。死んでいるのかなと思って円網に指を置いてみると、お尻をピンと立てるから意識してそういう姿勢を取っているらしい。どういう意味があるのかはわからないが、この子の円網は直径20センチほどと体格に対して小さめなので、食欲と連動するような理由があるのかもしれない。
クモ学の世界ではこういう変わり者の存在などノイズでしかないのだろうが、作者は無視しない。正規分布の中心から遠く外れていても、この子はやっぱりジョロウグモなのだから。
生き残った2匹のヒメグモ母さんの子どもたちの体長はまだ1ミリほどでしかない。もう11月も近いというのにこの大きさでは独り立ちする前に冬が来てしまいそうだ。もしかしたら、このヒメグモ母さんたちは産卵する時期を間違えたんじゃないだろうかと思って『日本のクモ』を開いてみると、成体の出現期は「8~10月」になっていた。10月に成体になって産卵しても11月中に独り立ちできるから十分間に合うということなのかもしれない。
10月28日、午前7時。
ナガコガネグモのおかみさんは円網から2メートルほど離れたツツジの植え込みの中にいた。そのお尻はしぼんだように細くなっている。そして、おかみさんのすぐ近くには直径15ミリほどのごく薄いベージュ色の球体があった。この球体のてっぺんはやや凹んでいて、その周縁部の3分の1くらいは襟のように立ち上がっている。おそらくこれが卵囊だろう。これだけの大きさの物を一晩で、しかも、おそらく糸だけで作ってしまうというのがすごい。
というわけで、おかみさんは作者の見ていない時を狙って交接していたのかもしれない。見せてくれたっていいだろうに。減るもんじゃあるまいし。〔ヤ・メ・ロ〕
いずれにせよ、おかみさんシリーズはこれで終わりということになるだろう。そして新たに、子グモたちはいつ卵囊を出るのか、どうやって風に乗るのかというシリーズを……始められるといいのだけどなあ。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは自分と同じくらいの体長のガを食べていた。昨日は食べなかったくせに。もしかしてヒトがくっつけた獲物は嫌なのか? 作者は迷惑行為をしていただけなのか?
ナガコガネグモの15ミリちゃんは円網にI字形の隠れ帯を付けていた。寒さで動けなくなっているガが何匹かいるのだが、昨日は食べようとしなかったので放っておく。
オニグモの姉御の円網は枠糸だけしか残っていなかった。オニグモの場合、朝には円網を回収してしまう個体が多いらしいのだが、このスーパーの周辺には昼間でも円網を張りっぱなしにする子が多かったし、姉御も片付けないタイプだったのだが、夜が長くなってきたので夜明け前に回収することにしたのかもしれない。あるいは昼間も張りっぱなしだと獲物をくっつけていくやつがいて迷惑だからやめた、とか?〔休眠に入ったという可能性は?〕
ジョロウグモの15ミリちゃんには小型のガをあげた。さすがにガだとアリの場合のようにためらったりせずに牙を打ち込んでくれる。では、もっと大型のガだったらどういう対応をするんだろうか? 今シーズンはもう無理だろうが、いつかは実験してみたいものだ。
その隣にいる体長10ミリの子は円網の下のツバキの葉の上にいた。まるで岩壁を登っているクライマーがルートに迷ったように葉の縁から脚を伸ばして足探りしている。下へ降りるルートを探しているような感じだ。しばらくするとホームポジションに戻ってしまったが、これも冬支度の一部なのかもしれない。この時期にこの体長では今シーズン中に成体になれる見込みはないと判断してさっさと越冬に適した場所選びを始めてもおかしくはないだろう。
※これは産卵場所を探していたのかもしれない。
10月29日、午前7時。晴れ。気温11度C。
ジョロウグモの15ミリちゃんが姿を消していた。枠糸しか残っていない。休眠に入るのは隣の10ミリちゃんの方が先だろうと思っていたのだが……。すぐ近くに円網を張っているオニグモ(未確認)を嫌って引っ越したのかもしれない。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんはだいぶお尻がふっくらしてきて、いかにもナガコガネグモという体型になってきた。あとはお婿さんだなあ。
そこで気になるのが円網の直径だ。6本脚ちゃんの円網の直径は約40センチしかないのに対して、おかみさんは絶食を始めてからも80センチクラスの円網を張っていたのだ。というわけで、ナガコガネグモが円網の大きさを決める基準がどういうものなのかわからないのである。食欲があるかないかではなさそうなのだが……。
ナガコガネグモの15ミリちゃんには小型のガをあげたのだが、駆け寄って抱え込むのはいいとして、捕帯を巻き始めるのに時間がかかる。獲物をぐるぐる巻きにしてホームポジションに戻ってからの休憩も長い。これも空腹でないからなのか、冬が近いからなのかがわからない。もっとデータを集める必要があるな。
10月30日、午前6時。
体長30ミリほどのかなり大型のガを拾ってしまった。ツンツンすると少しだけ脚を動かすからまだ死んではいない。さて困った。このままにしてはおけないが、オニグモの姉御は相変わらず留守なのである。しょうがないのでナガコガネグモの6本脚ちゃんの円網にくっつけてあげた……のだが、食べない。近所のナガコちゃんや用水路のおかみさんたちは食欲があろうがなかろうが、自分の体長の何倍もあるようなバッタにも飛びついてきたから、これは気温の低さが問題なのだろう。なんとかして食べてもらえないかとガをしつこくツンツンしたのだが、6本脚ちゃんはのっそりとガに歩み寄って脚で何回かチョンチョンしただけでまたホームポジションに戻ってしまう。どうにも食欲がない様子である。これ以上できることはない。後は6本脚ちゃんに任せることにする。
※翌日、6本脚ちゃんの円網には鱗粉しか残っていなかかった。ゴミ認定されて捨てられてしまったのかもしれない。
10月31日、午前6時。
スーパーの近くにいるヤマトゴミグモ2匹の片方は円網の横糸を張らずに縦糸数本を隠れ帯並みの太さにしていた。これは「食欲ありません」というサインだろうが、もう1匹は円網の直径を半分ほどにしていた。この子ももうすぐ休眠に入るんだろうと思う。「冬が来ますので、まもなく休業いたします」という看板のようなものである。さっさと休眠してもいいはずだが、気温が上がると小さな羽虫が大量に飛ぶこともあるから、それを狙っているんだろうかなあ。
ナガコガネグモの15ミリちゃんに小さなガをあげると飛びついてきた。飛行性昆虫の多くは飛べなくなるような気温なのだが、クモは歩くタイプなのでまだまだ動けるようだ。やや動作が遅くなっているような気もするがその程度である。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは円網を張り替えた様子がないのでスルーしておく。もしかしてお婿さんを迎えるための絶食にはいっているんだろうか?
ジョロウグモの10ミリちゃんも円網を張り替えなかったようだ。念のためにアリを投げ込んでみたのだが落ちてしまった。横糸の粘着力がほとんどなくなっているのだ。小さな羽虫をたくさん食べたから腹ごなしをしているのかもしれない。ジョロウグモの成体は12月や1月になっても円網を張る場合があるのだが、この体長では休眠した方がいいんじゃないかと思う。しばらく様子を見よう。
11月1日、午前7時。
スーパーの周辺のジョロウグモの多くが円網を張り替えていない中、縦20センチ、横10センチながら張り替えたらしい腰曲がりちゃんに小型のガをあげてみたら元気に飛びついてきた。それだけ食欲があるのなら円網をもっと大きくしておけばいいじゃないかと思うのだが、気温が低くなると飛べる獲物も少なくなるのだということを本能レベルで理解しているのかもしれない。それでも暖かくなれば獲物もかかるわけで、その辺りの予想は難しいのだろう。
11月2日、午前7時。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは円網を張り替えていた。ただの腹ごなしだったようだ。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんは円網の直径を約二倍に広げていた。ガを食べて元気になったのか、冷え込みがきつくなかったせいなのかはわからない。
ジョロウグモの10ミリちゃんはまた薄汚れた円網を離れていた。と言ってもホームポジションの下30センチの所まで降りてツバキの葉を触肢でもしょもしょして戻ってくるだけだ。雄なら行ったきりで戻ったりしないだろうし、休眠するわけでもないらしい。雌としては珍しい好奇心旺盛で活動的なタイプというだけのことなのかもしれない。
11月3日、午前5時。
ジョロウグモの10ミリちゃんは円網を離れてバリアーの中にいた。雨の中を飛ぶような獲物もいないだろうからどこにいても同じなのだろう。雨がやんで気温が上がったら小さな羽虫を捕らえられるように円網を張り替えるんじゃないかと思う。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは妙に斜めの姿勢になっている、と思ったら円網が縦糸3本しか残っていなかった。雨で切れてしまった横糸をまだ張り替えていないのか、あるいは、お婿さん募集に伴う本格的な絶食に入ったのかもしれない。観察を続けたいと思う。なお、15ミリちゃんの方はちゃんとした円網にしてあった。
午前11時。
いつもと違うルートで買い物に出てみると、体長20ミリ超クラスのジョロウグモ2匹が姿を消していた。産卵の季節なのだ。
ところで、ジョロウグモはいる所にはたくさんいるし、いないところにはまったくいないという傾向が強いように思う。もちろんジョロウグモは成長するにつれて高い場所に引っ越しをしていくから、家とか電柱、立木などの近くを好むのはわかるのだが、それ以外にも何か他の要因がありそうな気がする。
腰の曲がり方が直角から「く」の字に変わっていたジョロウグモの腰曲がりちゃんに小さなガをあげると飛びついてきた。単なる憶測だが、この子のお尻が曲がっていたのは空腹だったせいではあるまいか? ジョロウグモの腹部(作者は「お尻」と呼んでいる)の外骨格は柔らかい袋状になっている。その中身がある限界を超えて少なくなると、上に向けられているお尻が内圧の低下によってお辞儀をしてしまうのではないだろうか。これは空気の抜けた自転車のチューブを想像してもらえばわかりやすいだろう。その根拠の一つが腰曲がりちゃんの狩りで、円網の反対側にかかったガが暴れるのを押さえ切れないのだ。他のジョロウグモだと、こういう場合は円網の隙間から脚を伸ばして獲物を抱え込み、強引に引き抜いてしまうものなのだが、それに苦労している。要するに下手なのである。狩りの経験がまだ不足しているのか、あるいは空腹で力が入らないのかもしれない。もう11月だから残された時間は少ないのだが、この子には積極的に獲物を食べさせて、腰が伸びるか、どんな狩りをするようになるかを観察してみたいと思う。
ジョロウグモの10ミリちゃんは相変わらず円網の後ろのバリアー部分にいる。食欲がないのは確かなのだが、何をしたいのかまったくわからない。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは円網を張り替えていた。そこで体長8ミリほどのガをあげると、すぐに抱え込んで脚3本、時には2本を円網に引っかけて、ぶら下がった状態で獲物に捕帯を巻き付けるのだった。さすがに手際がいい。
ところが、上には上がいるもので、15ミリちゃんはお尻から引いたしおり糸にぶら下がった状態で8本の脚をすべて使って獲物に捕帯を巻きつけるのだった。まだ若いというのに、ぐるぐる巻きの究極奥義を修得しているとは驚きである。この子は天賦の才を持っている……と思ったら大間違い。15ミリちゃんはまだ小柄なのでしおり糸でも自分の体重プラス獲物の重量を支えられるというだけのことだと思う。大きくなれば体重も増えるだろうし、脚も長く強くなるから、もっと少ない脚でも十分獲物をホールドできるようになるのだろう。これも時間の制限があるのだが、この子が20ミリクラスまで成長してからの狩りも観察してみたい気がする。
※宮下直編『クモの生物学』(2000年発行)にはジョロウグモの牽引糸(しおり糸)の「弾性限界強度は、50ミリグラム以上の体重ではいつでも体重の2倍に相当することがわかった」と書かれている。しおり糸の強度には十分な余裕があり、その上、体重が増えればしおり糸の強度も向上するということらしい。
午後4時。
網と柄が分離できる捕虫網を手に入れたので、そのテストを兼ねて腰曲がりちゃん(もうだいぶ真っ直ぐになってきたが)にあげるためのバッタを捕まえた。手入れされていない草地にはまだまだバッタがいるのである。
その草地でたまたま産卵したばかりらしいナガコガネグモを見つけたのだが、その卵囊はまだ小さいナスのへたの部分を切り落としたような、やや上下方向に長い形だった。それ以外は色合いも黒い縦筋もおかみさんの卵囊にそっくりである。ただ、そこにはイネ科の草が生えていたので、その長い葉を曲げて卵囊に被せてあった。おかみさんの卵囊の上にはヒメグモの不規則網のようなものが張ってあるだけだったのだが、ツツジの葉は短いのでそういう仕様にしようがなかったのかもしれない。〔…………〕
その後、スーパーまでロードバイクで直行して腰曲がりちゃんの円網に体長30ミリほどのバッタをくっつけてあげたのだが、さすがにこの大きさでは近寄って来るだけで手は出さない。しかし、逃げる様子もないからバッタがおとなしくなって、危険はないと判断すれば食べてくれるだろう。明日かあさって辺りに、またお尻の角度をチェックしようと思う。
11月4日、午前6時。
昨夜はかなり強い雨だった。
腰曲がりちゃんのお尻は真っ直ぐになっていた。バッタは見当たらないから雨で円網から外れてしまったんだろうが、その前に少しは食べられたんだろう。1日だけ細長い円網にしていた時があったのも空腹のためにまともな形の円網にできなかっただけなのかもしれない。
ジョロウグモの10ミリちゃんは相変わらず円網を張り替えていない。軒下のジョロウちゃんもそうだったのだが、ジョロウグモは食欲がない時には円網を張り替えないからわかりやすくていい。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんはさらにお尻が丸くなった。もう立派なおかみさん体型である。後はお婿さんだなあ。
ヤマトゴミグモ2匹の円網はやや太くなっている隠れ帯の部分の縦糸しか残っていなかった。雨で糸が切れてしまったんだろう。もしかしたらこの子たちの隠れ帯は雨対策も兼ねているのかもしれない。円網全体がなくなってしまってから張り直すのよりは楽になるはずだ。
ヒメグモ母さん2匹の丸いお尻は二回りほど小さくなったような気がする。何日食べていないんだろう?
11月5日、午前8時。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんは円網を張り替えなかったようだ。
15ミリちゃんの方は上側の隠れ帯を1本、下側を2本にしていたが、かまわずに小さなガをあげる。もちろん飛びついて牙を打ち込んでくれた。そこで考えたのだが、ナガコガネグモは小さな獲物なら牙を打ち込んでから捕帯を巻きつけ、もっと大きな獲物の場合には先に捕帯でぐるぐる巻きにして動きを封じてから牙を打ち込むという手順に切り替えるんじゃないだろうか? もっともっと大きな獲物だと円網の端まで退避して様子を見るし(大暴れする獲物はこれで円網から外れるのだろう)、ヒトのように巨大な獲物ならしおり糸を引いて地面まで逃げてしまう。おそらくそれは円網を伝わってくる振動の大きさで判断しているんだろう。だから作者のようにそっと指で触れられると「何かしら、これ?」と脚でチョンチョン、触肢でもしょもしょしたくなってしまうんだろうと思う。ちなみに、より小型の獲物を狙っているらしいジョロウグモの場合は、すぐに抱え込んで牙を打ち込むか、大きすぎると判断して退避するかの2パターンが基本になるようだ。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんのお尻はわずかに左に傾いている。面白いことに、すぐ近くにいる体長8ミリほどの子のお尻はやや右に傾いているのだ。しかも、腰曲がりちゃんの場合、円網に獲物がかかるとお尻がピンと伸びる。これはもしかすると好きで脱力しているのかもしれない。
11月6日、午前6時。
ジョロウグモの10ミリちゃんはいまだに円網を張り替えていない。いったい何がしたいんだ?
腰曲がりちゃんのお尻の傾きはごくわずかになった。左右の筋肉のバランスが少しだけ崩れているという可能性もあるかもしれない。
その近くにいる8ミリちゃんのお尻は真っ直ぐになっていた。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんの円網には隠れ帯が付けられていなかった。逆に15ミリちゃんの方は昨日のガの鱗粉が付いたままだ。ナガコガネグモは気温が下がると食欲も低下する傾向がある、と言えるかもしれない。ジョロウグモは獲物がたくさん捕れた後などには絶食するようだ。軒下のジョロウちゃんなどは円網を不規則網風に改造してまで絶食していたくらいである(これは作者が獲物を与えすぎたせいもあるだろう)。つまり、円網を張り替えないというのは「獲物お断り」という看板を掲げているようなものなのだ。
11月7日、午前7時。
なんと、ジョロウグモの腰曲がりちゃんの円網のバリアー部分にお婿さんがいる! どうすんだ、これ? 今シーズン中にオトナになるつもりなのか? 11月だというのに体長はまだ14ミリクラスなんだぞ。
とりあえずお祝いに小型のガをあげると、腰曲がりちゃんはゆっくり振り向いてつま弾き行動をした後、ゆっくり獲物に近寄って牙を打ち込んだ。相変わらずトロい狩りである。これでは今シーズン中にオトナになるのはとうてい無理だろうと思うのだが……。ああっと、もしかして、このトロさを逆に活かして来年の春以降にオトナになるつもりでいるとか? ああっと、「あなたがいてくれるなら冬の寒さも平気よ」とか言いながらお婿さんと一緒に越冬するという手もあるかもしれない。腹が減ったら食べてしまえばいいんだし。〔こらこら〕
このお婿さんの体長は5ミリほどしかない。雄ならギリギリ成体の範囲という大きさだ。となると、腰曲がりちゃんは体が小さいだけでもうほとんどオトナなんだろうか? 体の大小にかかわらず、孵化してから一定の回数脱皮すると自動的にオトナになるという可能性もあるかもしれない。見た目が幼い感じの雌が好きだというロリコンの雄がいてもおかしくはないだろうしな。
11月8日、午前7時。
玄関のドアに体長2ミリほどの黒いクモがいた。この時期にこの体長というのは、いったいいつ孵化した子なんだろう? ちゃんと越冬できるんだろうか?
午前11時。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんにそっと息を吹きかけてみた。するとお尻がピンと伸びるのだ。やはりリラックスしている時にはお尻が小首を傾げているような状態になってしまうのらしい。そこで、いままで撮影してきた画像を詳しくチェックしてみると、最近の姐さんも10ミリちゃんもお尻がわずかに傾いていた。夏頃に撮った画像にはお尻の傾きまでわかるようなカットがないのだが、気温が下がるとお尻の重さを支えきれなくなるという可能性もあるだろう。
11月9日、午前6時。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんと15ミリちゃんの姿が見えない。6本脚ちゃんは産卵かもしれないが、卵囊が見当たらないし、雨の中で産卵するのかという点にも疑問がある。どこかで雨宿りしているのかもしれない。気温が上がってから再確認しよう。
近所の民家の庭先では体長20ミリ超クラスのジョロウグモの雌と5ミリほどの雄が交接していた。
11月10日、午前6時。
ナガコガネグモの15ミリちゃんが戻ってきた。このパターンはロッカールームで脱皮してきたということだろう。ジョロウグモでは円網のすぐ側で脱皮して外骨格が硬化するまでしおり糸でぶら下がっているらしい子を見たことがあるのだが、この子はヒト前では脱がないタイプらしい。見られたって減るもんじゃないだろうに。〔こらこら〕
脱皮したのなら栄養を摂らなければならないはずだ。後でガでもあげておこう。
午前11時。
気温も上がったところで15ミリちゃんに小型のガをあげようとしたら、まだガをつかんでいる作者の指の方に飛びついてきた! 咬まれたりはしなかったが、ちょっとあせった。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
この積極性はやはり脱皮直後ということだろう。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんは円網を不規則網風にしてしまった。これは交接に備えて食欲をなくしているということなんだろうか? 休眠して越冬する気がないのなら十分な大きさにならないまま緊急避難的に産卵してしまうという戦略もありかもしれない。大きく育ったジョロウグモより卵の数が少なくなってもゼロよりはマシだろう。ということは、もしかして、10ミリちゃんの絶食も「お婿さん募集中」ということなのか? わからん。ただ、小柄な子や痩せた体型の子ほど早く産卵しようとするんじゃないかという気はする。成長が遅いということはそれだけ獲物が少ない環境で育ってきたということで、「子どもたちはもっといい場所にたどり着けますように」と次の世代に夢を託して産卵してしまうということも考えられなくはないだろう。〔そこまで考えるか、クモが?〕
11月11日、午前6時。
車の屋根には霜が降りている。さすがに円網を張り替えたらしいジョロウグモは1匹だけだった。他の子は小さな羽虫がびっしり付いた円網を張りっぱなしにしている。
そこで今日の思いつき。同じ大型のクモでもオニグモはジョロウグモよりも早めに休眠に入るようなのだが、これはオニグモが夜行性だからではないだろうか? どういうことかというと、この季節でも小さな羽虫は飛べるのだが、それは気温が上がる日中に限られる。つまり、夜の間に獲物がかかることはほとんどないのだ。それなら夜行性で朝になったら円網を回収するのが普通だというオニグモは休眠してしまった方がいいだろう。姉御のように円網を張りっぱなしにしておいて、昼間かかった獲物を夜の間に食べるという手もあるんだろうが、その場合でも横糸の間隔が広いと小さな羽虫はすり抜けてしまう確率が高いのと、変温動物なのに気温が低い時間帯に活動しなければならないというのがハンディキャップになるだろうしな。
ナガコガネグモはオニグモよりも低い位置に円網を張る。これは以前書いたようにバッタのような低高度を飛ぶ大型の獲物を狙っているのだろう。ルーレットでいうなら12倍や18倍に賭け続けるようなもので、たまにでも獲物がかかればちゃんと成長していけるわけだ。逆に獲物が多すぎると食べ過ぎ・太りすぎの危険を抱え込むことにもなるわけだが。
成体に近くなったジョロウグモが高い所に引っ越していくのも、低い場所では風通しが悪い分、円網にかかる獲物が少なくなるのだと考えるとつじつまが合うのではないかと思う。実際、獲物が豊富な場所にいるジョロウグモはオトナになっても低い位置に円網を張り続けるようだ。
ジョロウグモの円網の横糸の間隔が狭いのも風に乗って流されてくる小さな羽虫を捕らえるためなのだろう。これは、哺乳動物でいえば大量のオキアミなどを海水ごと捕らえるシロナガスクジラのような戦略だと言える。陸棲動物だとアリクイのような生き方だ。どうも、大型のクモに限定すれば、ジョロウグモの戦略が一番リスクが少ないような気がする。ということは、作者が軒下のジョロウちゃんにバッタのような大型の獲物をあげたのは迷惑だったんだろうかなあ……。
ナガコガネグモの15ミリちゃんの円網はゴミだらけになっていた。ナガコガネグモは基本的に早朝に円網を張り替えるらしいのだが、霜が降りるような気温の中では動けなかったんだろうな。
ヒメグモ母さん2匹が子育て中だった生け垣は刈り込まれてしまった。もう、別の生け垣にいるお尻が黒いお母さんしか残っていない。ヒメグモたちにとって一番の脅威は人間なのである。
11月12日、午前11時。
ほとんどのジョロウグモは小さな羽虫だらけの円網にたたずんでいる。気温が低下すると獲物を消化するのにも時間がかかるようになるということかもしれない。
その中で腰曲がりちゃんだけは円網もバリアーも切り落として枠糸3本だけにしていた。もちろんお婿さんの姿は見えない。これは産卵の準備に入ったか、円網を張り替えようとしたのだけれど寒くてくじけてしまったかのどちらかだろう。〔いくら寒くてもバリアーまでは外さないだろ〕
体長25ミリほどのジョロウグモの新顔も現れた。この子は頭胸部と腹部のバランスがいい(ただしお尻は細い)。作者が歩いて行動する範囲では頭胸部が小さくてお尻だけは一人前という体長20ミリクラス、つまり頭胸部が小さい分だけ体長が短い子が多くて、いかにもジョロウグモという体型の子は珍しいのだ。これはおそらく、この辺りでは大型の獲物が少ないので牙も頭胸部も小さめの方が有利になるということだろうと思う。小型の羽虫が多い環境ならば頭胸部は小さいままでお尻だけを大きくした方がより多くの卵を産むことができるのだろう。もしかしたら、小型の獲物が多い場所では牙が小さいまま成長し、大型の獲物が多いようなら頭胸部ごと牙を大きくするというようなことまでしているかもしれない。脱皮の度にいったん全身が柔らかくなってしまう節足動物ならそういうやり方も不可能ではあるまい。獲物の大きさの分布と頭胸部の大きさの関係を調査する必要がありそうだな。ジョロウグモを小さめの獲物を与えるグループと大きめの獲物のグループに分けて飼育してみるのが一番わかりやすいんだろうけど。
11月13日、午前6時。
今朝は冷え込みがきつくなかったせいか円網を張り替えたジョロウグモが多かったが、9日に交接していた子は姿を消していた。タイミングからして産卵だろうと思う。
腰曲がりちゃんは縦5センチ、横20センチほどの上が狭い台形の円網(?)を張っていた。もう少し頑張るつもりらしい。
11月14日、午前11時。
失敗した。もう大きなイベントはないだろうと判断して朝のパトロールをサボったのだが、これが大間違いだったのだ。
まず、9日に交接していたジョロウグモが円網の残骸に戻っていた。お尻の幅は半分ほどになっているから産卵を終えたのだろう。その脚に触れてみると、いかにもおっくうそうに持ち上げる。産卵のために大量のエネルギーを消費したのだろうと思う。お疲れ様。
そしてジョロウグモの10ミリちゃん。ちょっと気になったので縦糸に触れてみると粘る! なんと、この子は横糸、というか、粘球の付いている糸を縦に張っていたのだ。念のために横方向に張られている糸にも触れてみると、やはりこちらは粘らない。まあ、獲物を捕らえることができればいい、というものではあるのだろうけど。クモの世界には変わり者が多いのはわかっていたのだが、横の物を縦にする子までいるとは思わなかったよ。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんの円網にいたお婿さんの姿は見えなくなっていた。性格が合わなくて別れたのかもしれない。そこで、思い切って思いつきを言わせてもらえば、円網をバリアーごと切り落としたのは、お婿さんを追い出すために居場所をなくすという意地悪だったのかもしれない。これからは獲物も少なくなるだろうから今シーズン中にオトナになるのは無理だと判断した雌にとって雄はじゃまな存在でしかない。追い出しても不思議はないだろう。というわけで、腰曲がりちゃんはいずれ休眠するつもりでいるんじゃないかと思う。
※ジョロウグモは越冬しない。あるいはできない。
体長25ミリほどのジョロウグモ(以下「ジョロウグモの姐さん」と呼称する)の円網に指を置いてみた。すると姐さんは駆け寄って来て、脚でチョンチョンしてくれたのだが、もしょもしょまではしてくれなかった。仕留めるのには大きすぎると判断したのかもしれない。〔ゴミだと思われたんじゃないのか?〕
ええと、最近体長3ミリ以下のゴミグモ、というか、ゴミが縦一列に付けられている直径20センチ弱くらいの円網が目立つようになってきた。そこでまた踏み外してしまうのだが、ゴミグモの円網に付けられているゴミには体温を維持するという機能もあるんじゃないだろうか? ゴミに太陽光が当たれば温度が上がるだろうし、夜間もゴミがないのよりは冷えにくくなると思う。こういうのはマクロ機能付きのサーマルカメラがあれば確認できるんだろうかなあ。
※1月にはすべてのゴミグモが姿を消した。ゴミの保温力にも限界があるようだ。
ナガコガネグモの新顔も現れた。体長は15ミリほどだが、姿を消した15ミリちゃんがいた場所からは数百メートル離れているし、お尻もやや太めなので別のクモだと思う。この子の円網にも指を置いてみたのだが、久しぶりに円網を揺らされてしまった。そこでまた考えた。ナガコガネグモは大物狙いだろうから円網を少し強めに揺らせば駆け寄ってきてくれるんじゃないだろうか? 強すぎれば逃げられてしまうだろうから加減は難しいと思うが、やってみる価値はあるだろう。ただ、これはクモにとっては迷惑なだけなんだよなあ。
午後3時。
ジョロウグモの10ミリちゃんのほとんど長方形の円網(?)を撮影しにスーパーまで行ってきた。さすがにクモの糸にピントを合わせるのは難しい。
その時に10ミリちゃんの近くに体長20ミリほどの7本脚のクモがいるのに気が付いた。腹側から見ていたのでジョロウグモかと思ったのだが、どうもシルエットとお尻の模様がおかしい。そこで背中側に回り込んでみると、なんとナガコガネグモだった。これこそまさに天の配牌である。〔「配剤」だ!〕
さっそく昼前に思いついたばかりの実験を開始する。具体的には人差し指を細かく振動させながら円網に触れるのだ。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
これはつまり、円網にかかった大型の獲物がもがいていると思わせる工夫である。するとビンゴ! 駆け寄ってきた7本脚ちゃんは作者の指を抱え込んだのだった。さすがに「これ、なんか変だわ」と思ったらしくて、捕帯を巻きつけずに触肢でもしょもしょしただけだったが、ひとまず成功である。ナガコガネグモは大物狙いである証拠がまた一つ得られたわけだ。次の目標は捕帯を巻きつけられることになりそうだな。〔あまり調子に乗ると咬まれるぞ〕
7本脚ちゃんには実験に協力してくれたお礼として小さなガを1匹あげた。
11月15日、午前7時。
朝のパトロールを再開したのだが、予想通りほとんどネタがない。14日に産卵場所から戻ってきたらしいジョロウグモがまた姿を消したことくらいだ。ただ、今回は円網を切り落としていった。次の入居者のために片付けをしてから引っ越しをするジョロウグモは珍しい。他の子はだいたい張りっぱなしで出て行くのだ。
他に円網を不規則網風にして絶食しているらしい体長8ミリほどの子もいたのだが、これはジョロウグモではよくあることで珍しいというほどのことではない。
11月16日、午前7時。
今朝は低い場所が好きらしい、これも変わり者の体長15ミリほどのジョロウグモが円網を張り替えていたのでじっくり見学させてもらったのだが、横糸を縦糸にくっつける動作が円網の上部と下部で違っているようだ。9時から3時の範囲ではお尻を縦糸に押しつけているように見えるのに対して、4時から8時ではお尻の動きがそれほど大きくない。横糸を第四脚で縦糸に押しつけているような感じがする。円網の下部では頭が上向きになってしまうので横糸の張り方も変えるんだろうか? まあ、円網ができればそれでいいのだろうけど。
ジョロウグモの姐さんには、昨日の夜、作者の部屋に飛び込んできた体長15ミリほどのハエのような体型の昆虫をあげた。さすがにこれくらいの大きさの獲物には躊躇なく牙を打ち込む姐さんだった。
午前11時。
最後のヒメグモの不規則網が手入れされていないようなので枯れ葉をめくってみたら、お尻がしなびた母親しかいなかった。子グモたちは無事に独り立ちできたらしい。合掌。
ジョロウグモの姐さんは今朝あげたハエのような昆虫を咥えていたが、捕帯を巻きつけた様子がない。姐さんの体長の半分を超える大きさの獲物なのだが、「こんな小さな獲物に捕帯なんかいらないわよ」ということらしい。男だねえ、姐さん。〔雌だぞ〕
※実はジョロウグモも捕帯を使っているらしい。ジョロウグモの場合は獲物を円網に固定しやすくするための捕帯なのでごくわずかしか使われないだけなのだ。
しかし、この季節ではその大きな牙に相応しい大きさの獲物は多くはないだろう。姐さんのような体型のジョロウグモはまだ大型の獲物が減っていない9月中にオトナになっていないとまずいんじゃないだろうか? 卵囊から出るのが遅かったのか、あるいは獲物が少ない場所にいたので成長するのに時間がかかってしまったんだろうかなあ。
11月17日、午前7時。
ジョロウグモの姐さんにあげたハエ科の獲物はバリアーに取り付けられた食べかすになっていた。
今日もジョロウグモたちの円網は小さな羽虫だらけである。腰曲がりちゃんも羽虫でいっぱいの円網で小尻を傾げている。〔…………〕
そんなジョロウグモたちの中に食べかすを縦一列に並べている体長20ミリほどの子がいた。そういうことをするのは軒下のジョロウちゃんだけではなかったということだ。ただし、この子の食べかすは背面側のバリアーに付けられている。これに気が付くような大型の獲物はそれを避けようとするだろうから、これは「アタシの後ろから近づくんじゃないよ」というメッセージだろう。
軒下のジョロウちゃんは円網そのものに食べかすを並べていた。作者は獲物を与えすぎていただろうということまで考慮に入れると、これは「後ろからも前からも獲物お断り」というメッセージだったのだろうと思う。それでも獲物の押し売りが続くので円網を張ることそのものをやめてしまうしかなくなったのだろう。その場合、居場所がなくなっては困るので不規則網風にして、それを足場にしていたんじゃないだろうか。作者のしていたことは迷惑行為以外の何ものでもなかったのだなあ。
11月18日、午前11時。
どういうわけか昨夜は眠れなくて、午前6時頃から寝たのでこんな時間に起き出すことになってしまった。
今日は円網の向かって右半分の横糸を張り替えているジョロウグモと中心部だけを張り替えているジョロウグモがいた。さすがにこの時期は気温が上がってから張り替えるらしい。そこで気が付いたのだが、右半分の子はお尻を縦糸に押しつけて横糸を固定しているように見えたのに対して、真横から観察できた中心部を張り替えている子は円網の下部では明らかにお尻の動きが少ない。横糸を縦に張っている10ミリちゃんの例もあるし、ジョロウグモの本能にプログラムされているのは「円網を張る」ということだけで、どのように張るかというのはクモ自身で決めているのではないだろうか。あるいは、この時期になると本能に狂いが出てくるということなのかもしれないし、円網の中心近くと外周部では張り方を変えるのが普通なのかもしれない。ああっと、小さな羽虫がメインの獲物になることが影響している可能性もあるだろうな。夏場も含めて、もっと多くのデータを集める必要があるなあ。
絶食していた体長8ミリほどのジョロウグモとバリアーに食べかすを縦一列に並べていた体長20ミリほどの子は姿を消していた。食べかす一列ちゃんの方は産卵かもしれないが、8ミリちゃんは休眠に入ったんじゃないかと思う。何度も言うようだが、休眠している間にウ〇コしてしまうとお尻が汚れてしまいかねないから、その前にお腹を空っぽにしておいた方がいいはずだ。〔ヤ・メ・ロ〕
11月19日、午前6時。
今日も大型のジョロウグモが2匹姿を消していた。羽虫だらけの円網が残されているから産卵だろう。
ジョロウグモの姐さんは昆虫らしいものを食べていた。その円網は生け垣の枝先がじゃまになる部分だけへこませてある。器用なものだ。ただし、もっと高い場所なら障害物も少ないからきれいな円網を張るのに苦労はないはずだし、実際のところ、他のジョロウグモたちは多くが二メートル以上の高さに円網を張っている。姐さんが生け垣のすぐ上に張っている理由がわからない。手を伸ばせば届くような距離で観察できるのはありがたいのだが……。
ジョロウグモの10ミリちゃんは相変わらず縦糸と横糸が入れ替わったほぼ台形の円網(?)を張っていたが、そのサイズを縦25センチ、横30センチほどにして、その角度も右側を軸にしてドアを開けるように90度変えてあった。一時期ほど多くの羽虫がかからなくなったので円網の角度を変えて面積も広げたらしい。
その近くのツツジの植え込みの上には体長5ミリほどのナガコガネグモの幼体が現れた。もうすぐ冬だというのに……。いつ孵化した子なんだろうか?
11月20日、午前6時。
最低気温が20度Cだったせいか、低い所が好きちゃんも含めて数匹のジョロウグモが円網ごと姿を消していた。円網ごとということは産卵ではなく引っ越しだと思う。このところ夜間の冷え込みがきつかったので寒くて動けなかった子たちが一斉に動き出したんだろう。
ジョロウグモの姐さんは直径60センチクラスの円網の横糸を張り替え中だったので観察させてもらったのだが、やはりアナログ時計の5時から7時にかけての範囲ではほとんどお尻が動いていない。そこで思いついたのだが、円網の下部ではクモ自身の体重によって円網の張力が低下するために縦糸が逃げてしまいやすいのではあるまいか? それを防ぐために第四脚の爪で縦糸を引っかけてお尻の出糸器官に押しつけていると考えるとお尻の動きが少ないのを説明できるような気がする。
腰曲がりちゃんはボロボロになった円網の残骸にたたずんでいた。これは休眠に備えての絶食に入ったんじゃないだろうか? しばらくの間はこまめに観察を続けよう。
午前7時。
ジョロウグモの姐さんには早くオトナになって欲しいのでツツジの葉を食べていた体長15ミリほどのイモムシをあげてみた。ウィキペディアのジョロウグモのページには「成体になれば、人間が畜肉や魚肉の小片を与えてもこれを食べる」と書かれている(肉片は抵抗しないからだろう)。それなら、まだ羽を展開していないチョウやガであると言える生きたイモムシも食べられるだろうという判断である。
しかし、姐さんは「何これ? 獲物? それともゴミ?」という様子で脚先でチョンチョンとつついただけでホームポジションに戻ってしまったのだった。さらにバリアーに取り付けてあった食べかすに歩み寄って触肢でもしょもしょする。どうも表面が柔らかいと獲物だと認識できないらしい。食べかすに触れたのも、確実に獲物だったものに触れると安心するということなんじゃないかと思う。「そうよね。こういうのが獲物よね」というわけだ。
それならばと、円網のイモムシをツンツンして獲物がもがいている様子を演出する。これでやっとイモムシに捕帯を巻きつけさせることに成功したのだった。その後、姐さんはまたホームポジションに戻ってしまったが、少なくとも次に円網を張り替える時には食べてもらえるだろう。円網から落下しなければだが。
※ジョロウグモの毒はチョウ目昆虫の幼虫には効かないのだそうだ。捕食しようとしなかったのはそういうわけらしい。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんにも余ったイモムシをあげたのだが、この子の場合は素早くイモムシに駆け寄って真っ白なミイラのようになるまで捕帯を巻きつけた。さすがに判断が速くて迷いがない。「ジョロウグモとは違うのだよ。ジョロウグモとは!」とでも言いたげな狩りだった。〔新15ミリちゃんは雌だぞ〕
曇っていて明るくなるのが遅かったせいか、それとも暖かいからなのか、体長10ミリほどのオニグモも2匹見られた。この季節にオニグモ向きの大型の獲物などいるんだろうか?
午前11時。
ジョロウグモの姐さんとナガコガネグモの新15ミリちゃんは小さな肉団子をもぐもぐしていた。イモムシには硬い部分がほとんどないので食べるのに時間がかからないということなのかもしれない。姐さんには何日かしてからまたイモムシをあげて、どれくらいの時間で獲物だと認識するかを観察してみたい。ジョロウグモの学習能力はかなり高いようだから、より積極的に食べてもらえるんじゃないかと思う。イモムシが食べられるなら冬が来る前にオトナになることも不可能ではあるまい。ひいきになるのは承知の上で頭胸部が大きいという少数派の遺伝子は優遇したいのだ。
そしてまた踏み外すわけだが、脱皮直後のクモの外骨格は柔らかいのだから、それが硬くなるまでの時間を利用して体の構造をある程度変化させることも可能なのではないだろうか? 脊椎動物が進化するのには世代交代が必須だが、外骨格生物なら脱皮した後、外骨格が硬くなるまでの時間を利用してある程度体型を変えてしまうこともできるはずだ。特に円網を張るクモの場合、円網を張った場所には小型の獲物が多いか、大型が多いかによって牙の大きさなどを調整できれば生き残る上で有利になるだろう。もちろんこういう体型の変更は一代限りでリセットされるはずだから進化とは言えないのだが。
これは同じ卵囊から出てきた子グモを2群に分け、片方には小さめの獲物、もう一方には比較的大型の獲物を与え続けるという実験である程度の検証ができるだろう。ただし、姐さんの場合は単なる個体変異の範囲という可能性の方が高いような気もする。我々はしょせん脊椎動物なので節足動物がどんなメカニズムを持っているかなどほとんど想像すらできないのだ。
11月21日、午前7時。
横糸を縦に張っていたジョロウグモの10ミリちゃんが姿を消していた。円網もないから引っ越したんだろう。
腰曲がりちゃんはまだ円網の残骸にいる。お尻の曲がり方がやや大きくなったような気もする。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんは横糸を張り替えていたのだが、直径約40センチの円網の外側6センチほどを張り替えただけでやめてしまった。お尻を縦糸に押しつける時にスイングしない(円網が揺れない)し、いかにも疲れているように見える。作者が円網にくっつけた小さなガに駆け寄るのも遅いし、ぐるぐる巻きにした獲物をホームポジションに持ち帰るのもゆっくりだ。
その近くにいた体長5ミリほどのナガコガネグモの幼体は円網だけを残して姿を消していた。この子は休眠だろう。
ジョロウグモの姐さんの円網には昨日作者がイモムシをくっつけた所に開いていた穴がなかった。小さな羽虫の数から判断すると、向かって右半分だけ張り替えたようだ。ナガコガネグモなどは大きならせんを描くように横糸を張っていくのに対して、ジョロウグモは円網のてっぺんから底まで半円を描くように張った後、Uターンしててっぺんに戻るというやり方をしている。このやり方だと10ミリちゃんのように部分的に張り替えることで糸の原料とエネルギーを節約できる。これもジョロウグモの個体数がナガコガネグモなどを上まわる要因の一つなのだろう。
さて、少々タイミングを外してしまったのだが、ここでジョロウグモの姐さんの体型を説明しておこう。姐さんの頭胸部と腹部の比率は、腹側から見てざっと1対1.5程度になる。この辺りにいる一般的なジョロウグモだと、これが1対2から2.5くらいの範囲だ(ナガコガネグモだとだいたい1対1.3くらい)。頭胸部が大きければ牙も大きいだろう。作者が姐さんは比較的大型の獲物を狙っているはずだと思う根拠はここにある。
そして姐さんが突然現れたのもおかしい。他人の家の生け垣だから頻繁に見に行くわけにもいかないし、作者が見落としていただけなのかもしれないが、10月頃にそこに姐さんがいれば気が付いたはずだと思う。だいたいオトナに近いジョロウグモなら円網をもっと高い位置に張って、お婿さんと同棲しているのが普通だ。〔同居しているだけじゃお婿さんにはなれないけどな〕
これはもしかしたら、姐さんはまだ子どもで、今シーズン中にオトナになるつもりはないということなのかもしれない。そうだとしたら、来シーズンにはこの辺りでは珍しい真の女王様が誕生することになるだろう。
※これは作者の思い込みで、ジョロウグモは休眠せずに1シーズンで寿命が尽きるということが後でわかることになる。すみません。アマチュア以前の素人なもので。
午後2時。
ロードバイクに乗ってジョロウグモポイントに行ってみたのだが、一匹残らず姿を消していた。早くオトナになれれば、その分早く産卵できるということなのかもしれない。しょうがない。頭胸部と腹部の比率に関するデータ取りは来年以降の課題としよう。
11月22日、午前5時。
ジョロウグモの腰曲がりちゃんが姿を消していた。オトナと言えるような体長ではなかったのだが、産卵だろうかなあ。
姐さんの円網には多数の羽虫が付いていた。しかし、こんなものをちまちま食べていてその体を維持できるんだろうか?
午前11時。
ジョロウグモ2匹に対して「指を振動させながら円網に触れる」実験をしてみた。まずは体長15ミリほどの子。この子は円網の反対側へ逃げた。これは予想通りの反応だ。
次に12ミリほどの子。この子は駆け寄って来たものの、指を通り過ぎて円網の端まで行ってしまってから戻ってきた。その後は指の近くにいるだけで脚を出したり牙を打ち込んだりはしなかった。どう解釈すればいいんだ、こんなの……。ジョロウグモは獲物を眼で見てはいないということと、ヒトサイズの大きな獲物は襲わないということくらいは言えるかな? あるいは単なる個体差か、だな。来シーズンはもう少し積極的にデータを集めてみよう。なお、この実験は姐さんに対しては行っていない。イモムシをあげる時に獲物を指で振動させたので、指の方を獲物だと認識している可能性があるからだ。〔指を咬まれたくないだけだろ〕
スーパーからの帰り道で横糸を張り替えている体長12ミリほどのジョロウグモを見かけた。ところが、この子は円を描くようにてっぺんまで横糸を張って、そこからUターンしていくのだった。円網ができればそれでいいということなのかもしれないが、ジョロウグモというのはどうしてこうも変わり者が多いんだろう? 個体変異の幅が広ければいろいろな環境に適応しやすいということなのかなあ……。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんは円網全体に横糸を張っていた。体長8ミリほどのガを食べただけで元気になったんだろうか。それとも、ただ休憩を終えたというだけのことなのか?
11月23日、午前10時。
ジョロウグモの姐さんは円網の中央部の3分の1くらいの範囲を張り替えたようだ。ミニマリストというか、とにかく無駄のない生き方をする子である。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんは体長50ミリほどの茶色いカマキリを食べていた。さすがはナガコガネグモ。やる時はやるのである。〔イモムシからは逃げたくせにな〕
そのイモムシだが、ほとんどいなくなってしまった。どうやら栄養を十分に摂れたので一斉に冬眠に入ったようだ。そこで最後の一匹をジョロウグモの姐さんにあげたのだが、姐さんは円網の糸を切ってイモムシを落としてしまった。「飛ばないイモムシはただのイモムシよ!」ということらしい。しょうがないので、代わりにアスファルトの上で日光浴していた体長20ミリほどのガをあげると、一気に飛びついて牙を打ち込むのだった。困ったもんだ。最初から避難されるよりはマシなんだが。
11月24日、午前5時。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんは円網を張り替えなかったようだ。
7本脚ちゃんの方はカマキリの近くにいたが、食べている様子はない。この気温だと獲物を食べる気にもなれないんだろう。もう食べ終わったという可能性もなくはないが。
11月25日、午前10時。
ジョロウグモの姐さんは肉団子らしいものを咥えていた。こんな冷たい雨の中を飛ぶ昆虫もいるのかと感心しかけたのだが、よく見ると姐さんの背後のバリアーに取り付けられていた食べかすがない! どうも獲物がかからないので食べかすをしゃぶっているということらしい。「そんな物を食べるくらいならイモムシの方がマシじゃないかあ!」と言いたいところだが、そこはジョロウグモとして譲れないものがあるのだろう。
もちろん、それは円網にかかった獲物であって、バリアーの食べかすは雨で落ちてしまったのだという解釈もできなくはない。このあたりはもっと多くのデータを集める必要があるな。
そして姐さんは第一脚と第二脚を揃えて真っ直ぐ下に伸ばしていた。今日観察した範囲では雨が当たる所にいるジョロウグモはそういう姿勢を取っている子が多いようだ。雨が小降りになるとみんな脚を広げたから、これはできるだけ雨に打たれたくないという姿勢なのだろう。ただ、作者にはジョロウグモたちが夏場の雨の中でどういう姿勢を取っていたかを見ていない。次の夏にはもっと注意深く観察しようと思うが、これが冷たい雨の中限定の姿勢であるということなら、真夏の炎天下にはお尻の先を太陽に向けるのと同じでできるだけ快適に生活しようということなのだろう。
ちなみにナガコガネグモ2匹はいつもと同じように脚を広げていたのだが、新15ミリちゃんだけは円網にお尻の先をくっつけるような姿勢を取っていた。この子の円網は垂直に対してわずかに角度が付いているので、そういう姿勢だと雨に当たる面積が最小に近くなるし、円網がある程度傘代わりになるとは言える(ほとんど骨だけの破れ傘だが)。このあたりも来シーズンは注意して観察する必要があるな。
7本脚ちゃんの円網にかかっていたカマキリは外れて落ちてしまっていた。食べ終わったのか、天気が悪いので食欲がないのか、あるいは産卵が近いとかの肉体側からの要求があるのかもしれない。新15ミリちゃんやジョロウグモの姐さんの食欲は落ちていないようなんだが……。
11月26日、午前7時。
今さらだが、姐さんの円網の糸は黄色い。一般的にジョロウグモの糸は黄色いと言われているようなので不思議はないのだが、軒下のジョロウちゃんの円網の糸はどう見ても無色だったのだ。どうも黄色い糸を使う子と無色の糸の子がいて、作者の自宅周辺では無色の子が多いということのような気がする。ジョロウグモには2つの亜種があるということなのか、それとも食べた物によって変化するんだろうか?
11月27日、午前10時。
体長13ミリほどのジョロウグモの新顔が現れた。しかも10ミリちゃんがいた場所から1メートルくらいしか離れていない。よく見ると円網の1区画が縦長の四角だし、触れてみると縦糸が粘る。これは間違いなく脱皮して大きくなった10ミリちゃんである。気温が低いとはいえ、脱皮するのに6日間もかかったんだろうか? それとも脱皮のついでにどこか別の場所に引っ越してみたものの、獲物が少なかったので帰ってきた、とか?
その近くにいるジョロウグモの7本脚ちゃんは円網を不規則網風にしていたのだが、同居していた雄の姿がない。7本脚ちゃんはジョロウグモとしては小柄で痩せた子なのだが、交接したのかもしれない。1週間以内に円網を残したまま姿を消すようなら産卵したと判断していいだろう。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんは円網を張り替えていたが、新15ミリちゃんは雨で大穴が開いた円網をそのままにしていた。
11月28日、午前10時。
この季節でも気温が上がればハチの仲間は飛べるようだ。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんの円網は数本の縦糸だけになっていた。婚活を始めるほどの体長ではないから気温が低いために食べた獲物を消化するのに時間がかかっているということなのかもしれない。
11月29日、午前10時。
ジョロウグモの姐さんの姿勢がおかしい、と思ったら、太陽に対して90度の方向にお尻を向けていただけだった。これはトカゲが日光浴をして体温を上げるのと同じ行動だろう。そして先日ガを付けてあげた時の円網の穴は小さくなっていた。その周辺の糸には鱗粉らしい物が付いていたから最低限の補修だけにしたらしい。寒いせいで食欲がないのか、獲物が少なくなってきているのを感じているのかまではわからない。
ジョロウグモの7本脚ちゃんは横糸を張っている最中だったのだが、円網の下部でもお尻を縦糸に押しつけていた。すでに円網の中心部近くに達していたから張力が強くなって縦糸が逃げなくなったのかもしれない。横糸を張り始めてから終わるまで観察し続けられればいいのだが、なかなかその機会がないのだ。〔夜明け前からパトロールすれば?〕
11月30日、午前9時。
最近は独り身のジョロウグモが目立つ。今日見て回った範囲では姐さんも含めて8匹いた(雄と同居している子は3匹)。気温が下がれば雄が歩いて行ける範囲も狭くなるはずだ。これはちょっとまずい状況かもしれない。姐さんのために、どこかから誘拐して来ようにもフリーの雄そのものが見当たらない。休眠せずに産卵するのなら10月頃までに同居を始めていなくてはならないんじゃないだろうかなあ。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんは姿を消した。それなのに7本脚ちゃんは横糸を張り替えている。お婿さんが現れることを信じているんだろうか?
ツツジの植え込みの中には体長を10ミリほどまで縮めているイモムシが1匹いた。イモムシのままで休眠するのではなく、サナギになって越冬するということだったのかも……いやいや、いかんいかん。どうも考え方がクモ基準になってしまっているようだ。体長15ミリのイモムシからサナギになるということはシジミチョウのようなかなり小型のチョウの幼体だったのかもしれない。〔チョウの場合は幼虫だぞ〕
午後2時。
サイクリング中に体長12ミリほどのジョロウグモを見つけた。その子の右第一脚に触れてみると右の第一脚と第二脚でチョンチョンとタッチしてから円網の反対側まで逃げてしまった。〔危険です。よい子は真似しないでね〕
やはりジョロウグモは円網の振動に続いて、獲物の大きさを判断するための第二のステップとしてチョンチョンするのだろう。
12月1日、午前11時。
なんと、ナガコガネグモの新15ミリちゃんが帰ってきた。ややお尻が細くなった程度で体長は変わっていないように見えるのだが……。寒いので脱皮するのに時間がかかっただけなんだろうかなあ。
※お尻が細くなったということは産卵である。小柄な子なので成体ではないと思い込んでしまったのだ。
円網も張り替えてあったので、そこらを飛んでいたハエ科の昆虫をあげておく。こんな気温でも準備運動や日光浴で体温を上げられる虫たちは飛べるのらしい。
ジョロウグモの姐さんには体長15ミリほどのガをあげておく。気温が下がって昆虫の動きも鈍くなっているから手で捕まえるのも夏場よりは簡単だ。指先が鱗粉だらけになるからそれが気になる人にはお勧めしないが。〔捕虫網を使えよ〕
しかし、姐さんはよく食べる。実は先月の29日にも体長5ミリほどのアリと7ミリほどのヒラタアブをあげているのだが、まったく食欲が衰えない。まるでかつてのナガコちゃんのようだ。そういえば頭胸部と腹部のバランスもナガコガネグモのそれに近い。ナガコガネグモ体型だから大物にも臆せず襲いかかっていくのか、大物を数多く狩ってきたからそういう体型になれたのか、どっちなんだろう?
12月2日、午前10時。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんが円網を離れてその下のツツジの葉の上にいた。その円網は下部がホームポジションを中心として3角形に欠けているし、触肢を盛んに動かして枠糸を食べているようにも見える。
新15ミリちゃんも円網の下のキクの花の上にいた。2匹とも雨がやんでしばらくするとホームポジションに戻って爪のお手入れを始めたのだが、どちらも雨の当たらない場所ではなかったから雨宿りではないはずだ。2匹とも今夜あたりから何かを始めるつもりでいるのかもしれない。
午後1時。
ジョロウグモの姐さんの円網にかかっていた小さな羽虫はだいぶ数が減った。なお、「小さな羽虫」とひとくくりにしてしまっているのだが、実際には四枚の翅がCDの裏面のように虹色を帯びているもの、体がメタリックグリーンのものと黒いもの、翅がやたら長いものなど何種類かが混じっているようだ。そしていわゆる雪虫がクモの円網にかかっているのは見たことがないのだが、これはチョウやガの鱗粉と同じように粘球にくっついた毛だけを残して飛び去ってしまえるからだろう。
12月3日、午前10時。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんは数本の縦糸だけになった円網の隅で脚を広げていた。心配になったので脚に触れてみたのだが反応がない。そこでお尻をツンツンしてみると、わずかに脚を動かした。よかった。まだ生きてる。
ジョロウグモの姐さんは円網の向かって右半分を縦糸だけにしていた。他のジョロウグモたちもちゃんとした円網にしていない。この子たちはこの気温で太陽も出ていないと獲物が飛べないということをわかっているのかもしれない。もともと裸だから気温を肌で感じられるんだろうし。
もちろん、そういうことを気にしない子たちもいるわけで、ちゃんとした円網を張っていたゴミグモが1匹と横糸を張っている最中のお尻が尖ったヤマトゴミグモも1匹いた。
12月4日、午前11時。
ジョロウグモの姐さんが円網を張り替えてしまった。しょうがないので近所の草地に踏み込んでみると、ラッキーなことにまだバッタがいた。バッタはその長い脚で歩くことができるので、飛ぶ以外の移動手段を持たないような昆虫よりは低温に強いのだろう。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんも円網を張り替えていたのだが、横糸の間隔がひどく不揃いになっている。いつまでもお婿さんが現れないので投げやりになっているんだろうか?
12月5日、午前10時。
姐さんと同じような体型のジョロウグモをもう1匹見つけた。体長15ミリクラスだが、出会った頃の姐さんと同じように頭胸部が大きくてお尻が細い体型である。しかもその隣には頭胸部が小さくてお尻だけが大きい個体もいる。ということは、脱皮する時に体型を変えてしまうのではなく、もともと、バランスのいい体型のまま育っていくタイプと全体的に小柄でお尻だけが大きくなるタイプがいるということなのかもしれない。大型の獲物を十分に食べられるのなら女王様体型の方がより多くの卵を産めるだろうし、お尻だけが大きい平民体型なら獲物の総量が少ない環境でもちゃんと成長して産卵してしまえるだろう。
ジョロウグモはナガコガネグモのように大量の捕帯を使って大型の獲物の動きを封じてしまうという狩りはできない。とはいっても、ジョロウグモが居着いた場所が常に小型の獲物ばかりだという保証もない。そこで大昔のジョロウグモたちは考えたのだろう。「牙を大きくすれば大型の獲物も仕留められるんじゃないかしら」と。そして、牙を大きくするためにはその土台である頭胸部から大きくしなければならない。そうして生み出されたのが真の女王様タイプなのかもしれない。〔進化論にケンカを売るつもりか?〕
12月6日、午前8時。
ジョロウグモの姐さんはバッタを食べ終えていた。その円網もいつの間にか直径40センチほどに拡張されている。お尻も膨らんで、もう立派な女王様体型である。後はお婿さんだけなんだけどなあ……。
ジョロウグモの7本脚ちゃんはいまだに円網を張らずに絶食している。同居していた雄が姿を消したのが11月17日頃だから、もしかすると交接していないのかもしれない。「ではなぜ絶食しているんだ」と言われると困るんだが。
ナガコガネグモの新15ミリちゃんの円網はまた縦糸だけになってしまっていた。しかも円網越しにツンツンしても反応がない。背後に回り込んで直接お尻をつついても弱々しく円網の残骸を揺らすだけだ。もう12月だというのに、この子たちはいったい何をするつもりなんだろう?
12月7日、午前10時。
姐さんを含めて陽当たりのいい場所にいるジョロウグモ3匹は水平に近い姿勢で日光浴をしていた。
ナガコガネグモはそういう行動をしないようだ。冬の寒さの中でも夏場と同じように垂直姿勢のままである。その姿はまるで修行僧だ。1年にも満たないその一生のうちに悟りを開くつもりでいるのかもしれない。クモは人間のように生老病死(「しょうろうびょうし」と読む。生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、死ぬ苦しみのこと)を「苦しみである」と認識していないのだろう。そういうことなら、煩悩にまみれた人間などよりも悟りの境地に近い所にいるのだと言えるかもしれない。これこそまさに「クモの上のような存在」。〔…………〕
12月8日、午前10時。
今日も2匹のジョロウグモが姿を消した。
それなのに体長2ミリほどのヒメグモが現れるんだ、これが。この子はいったい何をするつもりなんだろう? このまま越冬するのか?
12月10日、午前11時。
姐さんを初めとして残ったジョロウグモたちはほとんどが「下向きにバンザイ」の姿勢を取っていた。そして、12月に入ってからは円網を部分的に補修するジョロウグモが多くなったような気がする。気温が下がると代謝も低下して、多くの獲物を食べる必要がなくなるということなのか、あるいは、ただ単に寒いから仕事をしたくないというだけのことなのかもしれない。
12月11日、午前10時。
雨がやんで気温が上がったせいか、3匹のジョロウグモが横糸の張り替え中だった。いい機会なのでじっくり観察させてもらったのだが、どうも円網の下部では進行方向側の第三脚で縦糸を出糸器官に押しつけ、同時に反対側の第四脚で隣か、隣の隣あたりの縦糸を逆方向に押しているようだ。何しろ現在の作者の視力ではクモの糸までは見えないのでよくわからない。「悪魔よ来たれ。クモの糸が見える視力と引き替えに我が魂を捧げよう」と言ってしまいたい気分だ。
二日前から姿を消していた体長12ミリほどのジョロウグモが戻ってきていた。大きくなったようには見えないが、ロッカールームで着替えてきたんだろうかなあ。
午後1時。
今日はジョロウグモの姐さんで実験をしてみた。姐さんはイナゴクラスの獲物に対しても果敢に飛びついて来るので、思い切って大きな獲物、具体的には作者の握り拳を細かく振動させながら円網に触れてみたのだ。
しかし、残念ながら姐さんは左右の第一脚を拳の方に伸ばしただけだった。脚でチョンチョンしてから円網の反対側へ避難するというのを予想していたのだが大ハズレだ。後で指2本での追試をしてみようと思う。〔いっぺん咬まれてしまえ!〕
午後3時。
なんと、先月の21日頃に姿を消した体長5ミリほどのナガコガネグモの幼体が帰ってきた。いやいや、同じ個体だと確認できたわけではないのだが、ほとんど同じ場所に同じくらいの大きさの円網を張っている。ロッカールームで着替えるのに20日もかかったのか? それとも寒い日の後の暖かい日なので春が来たと思い込んでしまったのか? あるいは小型哺乳類の冬眠のように休眠期間と覚醒期間が交互にやって来るのか? いずれにせよ、この時期に戻ってきても獲物は多くはないぞ。
12月12日、午前10時。
ジョロウグモの7本脚ちゃんが円網を張っていた。ただし、横糸は長さ5センチのものが2本しかない。これでも縦糸と横糸がある以上は「円網」と言えなくはないのだ。それにしても、この子はいつまで絶食するつもりなんだろう?
その下にいたナガコガネグモの幼体はまた姿を消した。「目が覚めちゃったけど、まだ寒いから」と二度寝するようなものだったんだろうかなあ。
12月13日、午前10時。
ジョロウグモの姐さんの円網に指2本を振動させながら触れてみたのだが、まったく反応してくれなかった。円網を張り替えた様子もないし、絶食に入ったのかもしれない。獲物を食べさせすぎたという自覚はあるのだが、ジョロウグモが絶食に入るタイミングはいまだに読めないのだ。
12月14日、午前10時。
ナガコガネグモの7本脚ちゃんが円網を残したまま姿を消していた。
新15ミリちゃんの方は円網を張っていたキクを刈り取られてしまった。しょうがない。人間はクモの天敵だ。いや、いまや人間以外のすべての生物の天敵……いやいや、地球そのものの天敵になろうとしている。地球は近いうちに大型生物が生きられない星になるのだろうが、その時でも人間は生き延びることができるんだろうかねえ。
12月16日、午前10時。
今朝の最低気温はマイナス3度Cだったらしい。
ジョロウグモたちはほとんど全員が水平姿勢で日光浴していた。
ああっと、変温動物であっても細胞内の水分が凍結してしまったら細胞が破壊されてしまうはずだ。これは特に小型のクモにとって大きな問題になるだろうと思うのだが、いったいどういう対策を取っているんだろうか? ゴミグモやヤマトゴミグモも生き残っているのだから、氷点下の気温でも細胞が破壊されないようなメカニズムがあるはずだが、真冬にクモの体温を測定する研究というのは行われていないんだろうかなあ。
午後8時。
ジョロウグモの7本脚ちゃんがぐったりしていた。お尻を水平にして糸に寄りかかり、頭胸部と脚はだらんと下に伸ばしている。脚の先に触れてみるとわずかに反応するが、それだけである。お尻が細くなったようだから産卵できたのだろう。雄が姿を消してから10日以上になるのだが、これは個体差の範囲なのか、それとも気温が低いと胚の発生も遅くなるというような事情があるのかはわからない。
12月17日、午前7時。
車の屋根は霜で真っ白。
特にお尻が細い子は別だが、ほとんどのジョロウグモはお尻が背中側にお辞儀していた。日光浴の場合は頭胸部とお尻を真っ直ぐにしたまま全身を倒すのだが、今朝は頭胸部は垂直のまま、お尻だけを水平にしている。ジョロウグモのお尻は外骨格で支えられているわけではないので筋肉に力を入れられないとお尻の重さを支えられないのだろう。
ジョロウグモの7本脚ちゃんはうつぶせのままだった。脚先に触れてみてもまったく反応がない。合掌。
まだ円網を張っている1匹だけのヤマトゴミグモのお尻もお辞儀していた。もちろん背中側へ。
午前10時。気温4度C。
なんと、ジョロウグモの7本脚ちゃんが生き返った! というか、死んでいなかったわけだ。今はちゃんとお尻を上に向けた待機姿勢を取っている。昨夜は産卵直後で疲れていたのと、今朝は気温が低すぎて動けなかっただけらしい。早とちりというやつである。ごめんね。
逆に死亡を確認できたのが横糸を縦に張る13ミリちゃんで、お尻を下に向けてぶら下がっていた。第一脚の爪が円網の糸に引っかかっているので落下しなかっただけらしい。お尻をツンツンしてもまったく反応がなかった。合掌。
そしてなんと、ナガコガネグモの新15ミリちゃんがいた場所の近くのブロック塀で球形の卵囊を見つけた! その周辺では他のナガコガネグモを見たことがないし、直径12ミリほどと新15ミリちゃんの体格に相応しいサイズだから間違いあるまい。いやはや、絶体絶命の危機を間一髪で切り抜けていたというような展開だ。しかもこれは小説や映画のような作り物のドラマではないのだ。今まで読んできた小説を束にしても及ばないくらい感動したぞ。〔大げさだな〕
ここの地主さんも新15ミリちゃんが産卵したことを確認してからキクを刈り取ってくれたんだろうと思う。感謝、感謝である。
12月18日、午前11時。
3日連続の氷点下である。
ジョロウグモの姐さんはしばらく前から円網を張り替えていない。おそらく何も食べていないはずだが、一応元気そうだ。最後まで希望を捨てないつもりらしい。
その近くにいた体長20ミリ弱のジョロウグモはお尻を黒褐色に変えて円網からぶら下がっていた。13ミリちゃんのお尻も変色し始めているようだからジョロウグモのお尻の鮮やかな黄色は生きている証だと考えて間違いあるまい。合掌。
ゴミグモたちはネコの香箱座りのように脚をたたんでいる。夏場だと獲物がかかるまでは脚を少し広げているからこれは低温に耐えるための姿勢なんだろう。
12月19日、午前11時。
今日見て回った範囲で生き残っているジョロウグモは姐さんと7本脚ちゃんだけだった。
12月21日、午前7時。
スーパーの近くにいたゴミグモ2匹とヤマトゴミグモが姿を消した。さすがに氷点下が連続する最低気温には耐えられなかったらしい。
午前11時。
ジョロウグモの姐さんが力尽きていた。7時に見た時にはちゃんとお尻を上に向けていたのだが、今は下に向けてぶら下がっている。変色し始めているお尻をツンツンしてもまったく反応がない。さようなら姐さん。合掌。
7本脚ちゃんのお尻もツンツンしてみたのだが反応がない。脚先の爪が糸に引っ掛かっているので落下してはいないが、やはりお尻が変色し始めている。お疲れ様。合掌。
これにて『クモをつつくような話 2020』は完結とさせていただきます。
『クモをつつくような話 2021 その1』は2022年1月2日、『その2』以降は奇数月の第1日曜日にアップしていく予定です。